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学校から戻ってきたあたしは、自室のベッドに新しいギターを背負ったままバタリとうつ伏せに倒れ込む。
ドキドキと忙しなく動く心臓が落ちつかない。
また雲雀さんに送ってもらってしまった…!
しかも電話番号とメルアド交換しちゃったよ…!
ごそごそポケットから携帯を取り出してアドレス帳を開けば、そこには『雲雀恭弥』の文字。
本当に入ってる…。
どうしよう、ニヤけてきた。
ついさっきまであたし不幸のドン底にいたはずなのにね。
今は幸せ過ぎて怖いくらい。
雲雀さんの名前が携帯の中に入ってるって凄く心強い。
だってあの雲雀さんだよ?
何かご利益ありそうじゃない?
ベッドの上に正座をして携帯を意味もなく拝んでみる。
するとタイミングよく携帯が鳴った。
び、ビックリした…!
飛び出るかと思った心臓の辺りを摩る。
すぐに着信音が鳴り止んだし、メールだろう。
そう思って画面を確認して更に心臓が飛び跳ねた。
ひ、雲雀さんからだ…!
ドキドキしながらメールを開く。
『久し振りに君の歌を聴いたお陰で、溜まっていた風紀の仕事も捗りそうだよ。
じゃ、またね』
それはたった2つの文から成る短いメール。
だけど彼が如何にあたしを心配してくれていたのか知るには、十分過ぎるほど想いがぎゅっと詰まったメールで。
不意に涙が零れてしまった。
あたしはこの5日間、自分のことで精一杯で自分に係わる周囲のヒトのことを考えられなかった。
様子がおかしいと気が付きながら、何も訊かないでくれた父さんと母さん。
ショックから立ち直れず学校をズル休みしていたのに、心配して電話をかけてきてくれたツナ。
自分のファンクラブの子達がしたコトを知って、みんなを連れて謝りに来てくれた山本。
そして一番にあの現場に訪れて泣き崩れるあたしを抱き締めてくれた雲雀さん。
きっと他にも沢山のヒトに迷惑をかけたんだ。
雲雀さんのメールでそのコトに気が付いた。
……気が付けた。
誰かに見守られ必要とされるのが、こんなにも嬉しい。
ギターが壊れてしまったコトもちゃんと父さんと母さんに言おう。
ツナにも今までのコトをちゃんと話そう。
山本にもお礼を言おう。
雲雀さんにも……
そこまで考えて、夕方の学校を思い出す。
雲雀さんを探しに行った応接室に残されていた、無雑作に開かれたままの書類や日誌。
その傍に置かれていたまだ湯気が立ち昇っていたコーヒーカップ。
彼は今頃まだあの部屋で風紀委員の仕事をしているのだろうか。
泣いてる場合じゃない。
あたしは携帯電話を握り締め、ベッドの上に座り直して涙を拭った。
急いで雲雀さんにお礼のメールを返信する。
それから背負っていたギターを机の傍に下ろし、久し振りに五線譜を取り出して机に向かった。
歌を取り戻させてくれた雲雀さんに、あたしが出来る恩返しはこれしかない。
彼の為に曲を作って歌うコト。
よーし!頑張るぞ!
あたしはぐっと拳を握ってまっさらな五線譜に音符を書き込んでいった。
***
「父さん、母さん。ちょっといいかな」
夕食後一度部屋に戻って壊れたギターを持ってきたあたしは、緑茶を啜ってテレビを観ていた2人にここ約1週間の出来事を順を追って説明した。
買ってもらったギターを壊されてしまったコト。
内緒で学校をサボっていたコト。
ギターを壊した子達が謝りに来てくれたコト。
新しいギターをもらったコト。
2人は驚いていたようだったが、最後まで口を挟まずあたしの話を聞いてくれた。
「そうか…そんなことがあったのか」
「最近様子がおかしかったのはそのせいだったのね。
……辛かったわね、雅」
優しく微笑んで母さんはあたしを抱き締めてくれた。
ちょっと恥ずかしいけど擦り寄ると、今度は父さんが頭を撫でてくれる。
「うちは共働きだからいつもおまえをほったらかしててすまんな。
でもな雅、それでも父さんと母さんはおまえの親なんだ。
変な遠慮はしないで辛い時はちゃんと言いなさい」
「……うん!」
「それにしてもあんた、あんなに大事にしてたギター壊されたっていうのによくこの短期間で復活したわね」
ぎ、ギクッ
抱き締めていた腕を緩めると母さんは、訝しむようにあたしの顔を覗き込んできた。
そ、そりゃ…雲雀さんがいたから…。
そんなコト言えるわけもなく。
顔に熱が集まるのを感じながら、言い訳をした。
「あ、新しいギター弁償してもらったしね!」
「ふーん…」
意味ありげに笑う母さんに、まさかバレたのかとドギマギする。
こ、これ以上一緒にいるのはヤバい…!
絶対ボロが出るっ
あたしは母さんから慌てて離れる。
「そんな訳で、色々心配かけちゃったけどもう大丈夫だから!
あたし部屋で曲作るね」
精一杯作り笑いをして、2人を残してその場から逃げ出した。
「あの態度……間違いないわ。恋してるわね、あの子」
「え、えぇ!母さん突然何言うんだい?
雅にはまだ恋なんて早いよ」
「お父さん、女の子の成長は早いのよ。
私達に頼らず自力で立ち直ったのもその証拠だわ」
「そ、そんなぁ…」
そんな2人の会話を自室に逃げ込んだあたしが勿論知る由もなかった。
2009.4.8
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