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29


以前からあたしを知っていた…?

少なくとも初めてあたしが雲雀さんに逢ったのは、彼を押し倒してしまったあの時だ。
それまで存在は知っていても顔を合わせたコトはなかったはず。


「以前から知っていたって…あの時が初対面じゃないんですか?」

「顔を合わせたのはあの時が初めてだよ」


益々訳が分からない。
雲雀さんは何を言ってるの?
何だか怖くて、胸がドキドキする。
ゆっくり目を開けた雲雀さんは小鳥の嘴の付け根を指でそっと撫でながら話し出した。


「…この子がね、急に校歌をちゃんと歌えるようになったんだ。
 どんなに僕が完璧な校歌を教えても音を外していたのに」


その小鳥に校歌教えてたのって、やっぱり雲雀さんだったんだ…!
でもそれとあたしを以前から知っていたコトと何の関係が…。
黄色い小鳥は雲雀さんに撫でられて気持ち良さそうに目を閉じている。


「丁度その頃からかな。
 応接室で仕事をしていると、校歌を歌う綺麗な声が聴こえてくるようになってね。
 僕はきっとその声の主がこの子に校歌を教えているんだと思った」


あ…それってもしかしなくてもあたし…?
綺麗かどうかは分からないが、確かにあたしはこの黄色い小鳥と歌っていた。
ドキドキと忙しなくリズムを刻むあたしの心臓とは裏腹に、雲雀さんは淡々と静かに話を続ける。


「初めはね、聴いてるだけで良かったんだ。
 でもその内正体が知りたくなって、歌が聴こえてくる度に僕は校舎のあちこちを探した。
 けれど確かに声は聴こえるのに姿が見つからない……まるで幽霊でも探してる気分だったよ」


ほんの少し自嘲気味に雲雀さんは笑った。


「そんな折に塀から飛び降りた君に押し倒されたんだ。
 君の謝罪の声が、あの綺麗な歌声とそっくりで驚いた。
 本人なのか確認しようと思って呼び止めたけど、君は一目散に逃げてしまったから確証は得られなかった」

「…すみません」


だってあの状況じゃ逃げたくもなるじゃん。
うちの風紀委員が厳しいのは周知の事実だし、罰則は受けたくなかったし。
雲雀さん怖かったし。


「まぁ、僕のことを知っているなら逃げたって仕方ないとは思うけど。
 現に押し倒されたのは不愉快だったから咬み殺そうかと思ってたし」

「あはは…」

「だからここで君とこの子が歌っているのを見た時は、やっと見つけたと思った。
 それと同時に、正体が雅だったのが少し…嬉しかった」


あの時を思い出しているんだろうか。
夕陽を浴びた雲雀さんの横顔は酷く穏やかで、見てるこっちが溜め息を吐きたくなるほどだ。
雲雀さん、そんなにあたしを探してくれていたんだ。
それなのにあたしってば逃げ回ってばっかりで…悪いコトしたかな。


「―――そう。嬉しいと思ってしまうほど、既に僕は君の声に惹かれていたんだ」

「雲雀さん…?」

「ギターを没収したり罰則を科したのは、君の歌が聴きたかったからだ。
 だけどそれは逆効果だったんだって、君に怒鳴られて分かったよ」


そ、そういえば夜の公園で雲雀さんにタメ口で怒鳴ったっけ…。
今思うと何て恐ろしいコトをしたんだ、あたし。
内心冷や汗を掻きながら彼の話の続きを聞く。


「僕の前ではちゃんと歌ってくれなかった雅がやっと綺麗な声で歌ってくれるようになって。
 ……それなのに、あの事件だ。
 君の歌が…君の声が聴けなくなるんじゃないかと思うと、ゾッとした。
 何であの時傍を離れてしまったのかと、何度も後悔したよ」

「そんな…!それは雲雀さんが気に病むコトじゃないです」

「普通ならそうかもしれない。
 でも…僕はあの時、山本武と群れてる雅を見ているのが我慢出来なかったんだ。
 だから君を置いて先に応接室に行ったんだ」


雲雀さんはそう言うと大きく溜め息を吐いて、夕陽を少し眩しそうに見つめた。
え…何?
今雲雀さん、山本と一緒にいるあたしを見たくなかったって言ったの?
雲雀さんの発した思いがけない言葉に、あたしの心臓は大きくドキンッと跳ねた。

不意に雲雀さんの指で寛いでいた小鳥が羽を広げ、夕焼け空に向かってパタパタと飛んで行ってしまった。
それを見送る雲雀さんの瞳はとても哀しげだ。


「……君も君の大切なギターも守ってやれなくて、ごめん」


小鳥が見えなくなるまで見送って。
雲雀さんはそう言うと隣に座るあたしの頬にそっと手を当て労るように撫でた。
温かくて、大きな、雲雀さんの手。
触れられた頬から徐々に身体全体に熱が広がり、益々あたしの鼓動は速くなって胸が苦しくなる。

―――そんな哀しい顔しないで下さい。
あたしは貴方にそんな顔して欲しくないんです。
だって…あたしは…。

あたしはピースサインを作って、その指先を彼の口角に当ててきゅっと押し上げる。


「雲雀さん、笑って?」

「雅…?」

「雲雀さんは笑った方が断然カッコいいです」


にっこり笑って言うと雲雀さんは驚いたようにパチパチと目を瞬いた。


「ギターのコトは凄くショックだったし、あたし自身もう歌えないんじゃないかと思いました。
 どうしてあたしがこんな目に遭わなきゃいけないんだろうって哀しくなりました。
 …でも、今はアレで良かったんじゃないかって思うんです」


あたしは雲雀さんから離した手を胸の前でもう一方の手で包み込む。
雲雀さんもあたしの頬から手を離すと、不思議そうにあたしを見た。
きっと今回の件に悪者はいない。
ファンクラブの人達があたしにしたコトは行き過ぎだけれど、山本への想いが強過ぎただけ。


「あのお陰でずっと胸の中にあったモヤモヤの正体が分かったんです」

「モヤモヤ…?」

「はい。そのせいで雲雀さんの前では歌えなかったんだって気付きました」


あたしは雲雀さんの綺麗な漆黒の瞳を真正面から見つめる。
そして一度、大きく深呼吸をして微笑む。


「あたしは雲雀さんの笑顔が好きです。
 貴方が笑ってくれるならあたしはいつだって歌えます。
 ―――だから笑って下さい、雲雀さん」


これまで雲雀さんの前で沢山歌った。

初めはギターを返して欲しくて。
次は歌を認めて欲しくて。
その次は貴方に笑って欲しくて。

あたしは雲雀さんの笑顔が好き。

雲雀さんの前で歌えなかったのは怖かったからじゃない。
彼を意識していたから歌えなかった。
人生初の気持ちに戸惑っていたんだ。

やっと分かったの。


あたしは雲雀さんが好きなんだって。



2009.3.9


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