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27


翌朝。
いつもの時間に携帯のアラームが鳴る。
布団から手だけ出してそれを止め、一晩寝ても取れない憂鬱を吐き出すようにあたしは大きく溜め息を吐いた。
父さんと母さんは既に出ているから、家にはあたしひとり。
ベッドから這い出て習慣で制服に着替えるけれど、ボタンを留める手が止まる。

ファンクラブの子達に会いたくない。
多分会ったら怒りに任せて蹴り倒したくなる。

山本にも会いたくない。
何も知らない山本にどう接していいのか分からないし、意味もなくツンケンしてしまいそうだ。

雲雀さんにも逢いたくない。
あのヒトの顔を見たら、泣いてしまいそう。
そうしたらまた彼を困らせてしまう。
どうしてか雲雀さんのそういった顔は見たくないと思う。

取り敢えず着替えて鞄を持って、クセでギターを背負おうとしてハッとする。


壊れたギターは背負えない。


違和感のある背中をそのままにキッチンに行くと、テーブルの上に母さんが作ってくれたお弁当がキチンと包まれ置いてあった。
それを鞄に仕舞って家を出、学校に向かう。
いつもなら走って学校へ向かうが、今日はトボトボと通学路を歩く。


だけど…このまま学校へ行ってどうなるっていうの?


いつもより荷物もなく軽いはずなのに足取りはそれに反して重いまま。
雲雀さんに「また明日」と言われたけれど、到底登校する気分にはなれない。


……サボっちゃおっかな。


道路の真ん中で歩みが止まる。
今まで遅刻はしてもサボったコトはない。
こんな状態で授業受けたって内容なんて右から左に通り抜けるだけだ。

あたしはくるりと踵を返して学校に向かうのを止めた。

無断欠席は親に連絡がいくと不味いから、体調が悪いので休みますと学校に携帯から連絡を入れた。
そのまま携帯の電源を切る。
壊れたギターがある家には帰る気も起こらず、並盛川に架かる橋の下でお弁当を食べたり、ボーッとしたり昼寝をしたりした。
電車に乗って少し遠くの町まで行ったりもした。
学校が終わる時間までそうして時間を潰してから家に戻る。

嘘を吐くのは嫌だけど、ひとりになりたかった。


***


そんな生活を4日ほど続け、途中ツナが心配して電話をくれたけど何とか誤魔化して、今日は5日目。
重い足取りで家に帰り、着替えようと上着を脱ぎかけた時ピンポーンと来訪者を告げるインターホンが鳴った。
まだ両親は帰って来ていない。
一瞬居留守をしようかとも思ったが、電気も点けちゃってるし…。
仕方ない、出よう。
脱ぎかけの上着をもう一度羽織り、階段を下り玄関を開ける。


「どちら様………って山本…」


するとそこには山本が複雑な顔をして立っていた。
良く見るとその頬は少し腫れていて、唇は切れているようだ。
会いたくないと思っていた人物の登場にあたしは思わず顔を顰めてしまった。
山本は制服姿のあたしを一瞬不思議に思ったみたいだったが、いきなり「ゴメン」と頭を下げてきた。


「ヒバリから話は聞いた。大事なギターをオレのファンクラブの子達に壊されちまったって…。
 オレのせいで音ノ瀬に迷惑かけちまって…本当にすまない」

「や、止めてよ…!山本が悪いんじゃないよ。
 それにその傷…もしかして雲雀さんに…?」

「あ、あぁ、まぁそんなトコ。
 ほら、おまえら。隠れてないでこっち来いよ。謝りたいんだろ?」


顔を上げた山本は気まずそうに笑って門の方を振り返り声をかけた。
すると先日あたしのギターを壊したファンクラブの子達が、今にも泣きそうな顔でゾロゾロ現れた。
ギターを叩き折ったリーダー格の女の子が一番前に出てきて、「ごめんなさい」と消え入る様な声で謝ってあたしに黒いケースを押し付けるように渡してきた。
それを期に他の子達も口々に謝り始め、泣き出した。
な、何なの?急過ぎて目の前で起こっているコトが理解出来ない。
呆気に取られていると、山本が話し出した。


「ヒバリがこの子達に科した罰則は、音ノ瀬が使っていたのと同じギターを探し出すコトだったんだ。
 結局そのギター見つけたのはヒバリだったんだけどな。でも皆で金出し合って買ってきた」


確かに雲雀さんはあの時『然るべき罰則を受けてもらう』とファンクラブの子達に言っていた。
雲雀さんならあの時この子達を咬み殺すのなんて容易だったのに、それをしなかったのはこの為…?
あたしが買った時、既にあのギターは型遅れだったのに。
ちょっとその辺の楽器店を回ったくらいじゃ手に入らない品だ。
それをわざわざ探して来てくれたの?この短期間で?
雲雀さんもこの子達もきっと血眼になって探してくれたに違いなかった。
リーダーの女の子は零れる涙を拭いながら話し出した。


「本当にごめんなさい…山本君と気軽に話してるあんたが羨ましかったの。
 邪魔で、鬱陶しくて、妬ましくて…。
 ギター持ってきても、風紀委員長の雲雀さんは何故か黙認してて。
 特別扱いされてるあんたが鼻について仕方なかった…」


彼女は一度言葉を切って、何かに耐えるようにきゅっと唇を結んだ。
ぽろぽろと零れる涙が、とても痛ましく見えた。
山本に促され、再び彼女は話し出す。


「あんたがどんなに歌が好きで、あのギターを大事にしてたかも雲雀さんと山本君から聞いたわ。
 あんたの歌を聴いたら、きっとあんたのこと好きになるって2人とも言うの。
 こんなことしたって赦してもらえると思わないけど、良かったらそれでまた歌ってくれない?」


目を真っ赤に充血させて彼女はしゃくり上げながら「お願いします」と頭を下げた。
山本はその子の頭をポンポンと叩くと、一緒に頭を下げる。


「本当にゴメンな。オレもヒバリにすげー怒られた。
 オレが傍に居たのにどうしてこんなコトが起きたんだって。
 音ノ瀬が歌えなくなったら絶対に赦さないって」

「雲雀さんが…?」

「山本君は悪くないの…!アタシ達が勝手にやったコトだもん。
 音ノ瀬さん、本当にごめんなさい…!」


またリーダーの女の子が謝るとファンクラブの他の子達も一緒に「ごめんなさい」と頭を下げた。
玄関前はあっという間に女の子達の嗚咽と謝罪の言葉で包まれる。
その一種異様な光景を目にしながら、あたしは手の中のケースを握り締めた。

そんなの都合良過ぎるよ…。
どれだけあのギターに思い出が詰まってたと思ってるの?
赦せるわけがないじゃない…!
ひとりひとり蹴り倒したって足りないくらいなのに…!!


―――そう思っていたのに。


あたしの目の前でわんわん泣く彼女達を見て、赦してもいいのかもしれないと思ってしまった。

ギターが壊れた時は歌う気持ちも一緒に壊れてしまったと感じたけれど、それはあたしがあのギターに頼っていたからだ。
形あるモノはいつか壊れるのだし、歌を歌うのも、作るのも自分自身だ。
いつだってあたしの中から歌は生まれている。


―――だから、あたしはまだ歌えるはずなんだ。


それに彼女達があたしにあんなコトをしたのは、山本を好きだからだ。

そう、好きだからだ。

好きな男の子が自分以外の女の子と仲良くしてたら、やっぱりあたしもヤキモチを焼いて妬ましく思っただろう。
その気持ちが今なら分かる…気がする。

自分の中のモヤモヤした気持ちの原因が、やっと分かった。


多分一緒なんだ。
あたしもこの子達も。


大きく深呼吸をして、あたしは笑みを浮かべた。


「……もう、いいよ。何かさ、みんなのこと憎めないし」

「音ノ瀬…サンキューな」

「ううん、こっちこそ。
 …このギター、本当に貰っちゃっていいの?」

「貰ってくれねーとオレ達の気が済まねーし。な?」


山本が後ろにいるファンクラブの子達に訊くと、みんなはうんうん頷いた。


「じゃ、今日はそろそろ帰るわ。また学校でな!」

「うん」


みんなが帰る後姿を見送りながら、心が妙に晴れ晴れしているコトに気が付いた。


きっとあたしは歌える。


そんな自信が少しずつ湧いてくる胸に、やっと分かった自分の想いとギターを一緒に抱き締めた。



2009.2.6


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