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25


「何群れてるの、君達………雅?」


聞き慣れた声に呼ばれて身体を起こし、そちらに顔を向ける。


「…雲雀、さん」


並中の最高権力者の登場に、あたしを取り囲んでいたファンクラブの子達が怯んで後退る。
土塗れのあたしと胸に抱く無残に壊れたギターで大体のコトを悟ったらしい雲雀さんは、ファンクラブの女の子達をぐるっと見回す。


「ワォ、ひとりを寄って集って攻撃かい?コレってまさかイジメ?」


雲雀さんの言葉に女の子達は気まずそうに視線を逸らした。
そんな彼女達の反応に雲雀さんの声はドンドン低くなっていく。


「全く…群れるしか能のない草食動物が、僕の学校で随分ふざけた真似してくれるじゃないか。
 君達、風紀を乱したらどうなるか……分かってるよね?」


雲雀さんの言葉にファンクラブの女の子達全員が震え上がる。


「ここにいる全員、顔憶えたから。後日然るべき罰則を受けてもらうよ」

「ひ、雲雀さん、これには訳が…」

「言い訳は聞かない。この現状が全てを物語っているからね」


恐る恐る話しかけたリーダーの女の子に、雲雀さんはぴしゃりと言った。


「僕は女子だろうと手加減はしない。
 痛い目見たくなかったら、早くここから消えてくれない?
 ……僕は今、君達を咬み殺したくてうずうずしてるんだ」


雲雀さんは仕込みトンファーを取り出すと鋭くヒュッと空を切った。
その殺気にひとりの女の子が耐え切れずに「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
それが引き金になってファンクラブの女の子達は各々悲鳴を上げて爆ぜる様に駆け出した。

雲雀さんは殺気を逃すようにフッと息を吐き、トンファーを仕舞うとこちらに駆け寄ってきてしゃがみ込む。
彼は土塗れのあたしの頬を両手で包んで上向かせる。
視界が滲んで彼の顔が良く見えない。


「…雅、大丈夫?」

「…ごめんなさい、雲雀さん」


腕の中のギターをぎゅっと抱き締める。


「折角時間、空けてもらったのに…今日は、歌えそうに、ありません…」


最後まで言った瞬間いっぱいいっぱいまで溜まった涙が目から零れ落ちた。
ポタリと壊れたギターに雫が落ちる。
一瞬眉間に皺を寄せた雲雀さんは、ギターごとあたしを抱き締めた。


「バカ…ッ」


雲雀さんは小さく呟くとあたしを抱く腕に力を込めた。
自分の胸に閉じ込めるようにきつく。
一度零れ出した涙を止めるコトは出来なくて、雲雀さんのシャツを濡らしていく。


「う、うわぁぁぁぁぁーーーーん!」


ギターを抱き締めて声を上げて泣くあたしを、雲雀さんはただ黙って抱き締めてくれていた。

泣き止むまで、ずっと。


***


結局30分以上雲雀さんの胸を借りてしまった。
土塗れだったあたしを気にせず抱き締めてくれた雲雀さんも学ランが汚れてしまっていた。
しかもあたしの涙で濡らしちゃったし…。
だけど雲雀さんは文句ひとつ言わず、散らばっている鞄の中身を一緒に集めてくれて、おまけにあたしを立たせて体中についた土を払ってくれた。
頭の天辺から爪先まであたしの全身を見ると、雲雀さんは形のいい眉を顰めた。


「このまま帰すわけにはいかないな…おいで」


そう言ってあたしの鞄を肩に掛け片手に壊れたギターを持つと、反対側の手であたしの手を取って歩き出した。
何処へ行くのかと訊く気力も起きず、彼に手を引かれるままに歩く。
雲雀さんがあたしを連れてきたのは教員用の宿直室だった。


「シャワー使えるから。浴びてさっぱりしておいで」


雲雀さんからタオルを受け取って、彼が出て行ってから服を脱いでシャワーを浴びる。
熱めのお湯が肌を打って、払い切れなかった土を洗い流していく。
俯いて土が排水口に流れて行くのをぼんやり見つめる。
泣き疲れたのもあるけど、それを凌ぐ喪失感が心を埋め尽くしていた。
本当なら今頃応接室で雲雀さんに歌を聴いてもらっているはずだったのに…。


どうしてこんなコトになっちゃったんだろう。


ヒトに怨まれるほどあたし何か悪いコトした、かな。
クラスメイトの山本と仲良くするのはそんなにイケないコト?
雲雀さんに歌を聴いてもらうのもイケないコト?


―――アレはあたしにとって凄く大切なギター、だった。


小5の時に商店街の音楽店のショーウィンドウに飾ってあったあのギターに一目で惹かれて。
「どうせすぐ飽きるでしょ」と相手にしてくれない母さんに、父さんも一緒になってお願いしてくれたっけ。
初めて手にして弦を弾いた感動は今でも忘れられない。
上手く弾ける様になりたくて腱鞘炎になるくらい練習もした。
歌うコトが、音楽が、益々好きになった。
あのギターは今のあたしの原点だ。


ピンと張られた弦が弾け切れ、地面に打ち付けられた所を支点に折れたギター。


アレはあたしの相棒で、分身だったのに。
ギターが折れた時、あたしの中にあった志も一緒に折れてしまったみたいだ。
シャワーのお湯とは違う温度の雫が頬を伝う。


…もう、ダメかもしれない。


タイルの床に崩れ落ちる。
身体を打つシャワーの熱さよりも、下から這い上がるように伝わるタイルの冷たさがあたしの心を蝕んでいく。


―――――あたしはもう…歌えない……。



2009.1.14


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