24
交流試合は山本が打ったホームランが決め手となって無事並盛中が勝利した。
これで一先ず山本と他の野球部員が雲雀さんのトンファーの餌食になるのは免れた。
広げたレジャーシートを畳みながら、まだみんなのところへ顔見せに行ってなかったコトを思い出す。
「雲雀さん、ちょっとみんなのトコ行ってきてもいいですか?」
「…あぁ。僕は先に応接室に行ってるよ。群れたくないからね」
「はぃ!それじゃ、また後で」
あたしは小走りにツナ達の方へ向かった。
獄寺に京子、ちょっと前からツナにラブ光線を発射しまくっている緑中の女の子…ハルちゃんだったかな…もいる。
それにツナの家に居候してるチビちゃん達なんかもいて、それはもう大所帯。
その傍で山本はファンクラブの女の子達に囲まれていた。
人懐っこいいつもの笑顔で、彼女達の熱烈な称賛に応えている。
モテモテだな、山本。
流石にあの輪の中に入って声をかける勇気はあたしにはない。
その光景をちょっと羨ましそうに見ているツナに声をかける。
「よ!盛り上がってんね〜!」
「雅ちゃん!ホント、山本モテるよな…って、あれ?ヒバリさんは?」
「あぁ、群れたくないって行っちゃった」
「ハハ…相変わらずだね。
そうだ。みんなでこれから遊びに行こうって話してたんだけど、雅ちゃんも来ない?」
「ごめん、今日はパス!雲雀さんに歌聴いてもらうコトになってるから」
「そっか。残念」
「ホントごめんね。今度埋め合わせするからさ!」
「オレ達のことは気にしなくていいよ。雲雀さん待たせてるんでしょ?」
「うん、じゃぁ山本にヨロシク言っといて。またね、ツナ」
「うん、またね」
去り際に女の子達に囲まれた山本と目が合ったけど、声を出さずに「やったね!」と口だけ動かして伝え、あたしは手を振ってその場を離れた。
そうだ、雲雀さんのところに行く前にトイレ寄って行こうかな。
試合中何だか雲雀さんの横にいるのに緊張してコーヒー飲み過ぎたかも。
個室から出て手を洗い、鏡の前でパンパンと軽く頬を叩く。
よし!これで心置きなく雲雀さんの前で歌える。
早く応接室に行かなくちゃ。
しかしトイレから出ると、いきなり背の高い女の子が出てきてサッとあたしの前を塞いだ。
「ちょっと、一緒に来てくれる?」
「え、あ、ちょっと!放して下さい…ッ」
新たに現れた女の子も加わって、あたしは彼女達に両腕を捕まれ無理矢理何処かに連れて行かれる。
一体何が起こってんの?!
***
引き摺られるように彼女達に連れて来られたのは、人気のない体育館裏。
あたしを捕まえていた2人は体育館の壁にあたしを投げつけた。
突然の出来事に対処出来ず、辛うじて身体を捻って背中のギターを庇ったけど、モロに壁にぶつかって強かに肩を打った。
いっ痛…!
「いきなりこんなトコ連れて来て何する…!!」
乱暴に扱われたコトを抗議しようと2人の方を見てハッとする。
何処に隠れていたのか、今やあたしを取り囲む女の子達は10人以上。
壁を背にしたあたしを半円状に取り囲んであたしを睨んでいる。
その気迫に背筋に冷たいモノが走る。
……すんごく、ヤバい感じがするんですけど。
それにこの人達、山本のファンクラブの女の子達だ。
顔に見覚えがある。
その『山本武ファンクラブ』の皆さんがあたしに一体何の用があるっていうのよ…。
さっきあたしの行く手を遮った背の高い女の子が一歩前に出て口を開いた。
「ちょっとあんた。山本君とどういう関係?!」
「…へ?」
「いつも山本君と一緒にいるじゃない!
試合中とかさっきもコソコソアイコンタクト取っちゃってさ!
純真無垢な山本君を誑かさないでくれる?」
―――へ?何言ってんの、このヒト。
これってまた、あたしと山本が付き合ってる付き合ってないの話なの…?
本日2度目の誤解にあたしは心の中で盛大な溜め息を吐いた。
何だってちょっと仲がいいだけで付き合ってるって話が飛躍するかな…。
痛む肩を摩りながら、あたしはファンクラブのリーダーと思しき背の高い女の子の目をジッと見据えた。
「何か誤解してるみたいだからハッキリ言いますけど、山本とあたしはただのクラスメイトです。
断じて彼氏彼女の関係じゃありませんから」
「何よその白々しい態度!アタシ達が何も知らないと思ってんの?!
あんたが山本君だけじゃなく風紀委員長の雲雀さんにも色目使ってるの知ってるんだからね!
今日だって仲良くお弁当なんか食べちゃって、ずっと2人でいたじゃないの!」
「変な言いがかりは止めて下さい!色目なんか使ってません!
雲雀さんには歌を聴いてもらってるだけです!」
益々何言っちゃってんだこのヒト…!
雲雀さんまで引き合いに出されて、胸がドキンッと跳ねる。
山本は兎も角、色目使ったくらいで雲雀さんが靡くわけないじゃんか…!
自分で言うのも空しいが、そんな色気があたしにあるはずがない。
っていうか山本だってそんな軽い男じゃないよ!
「ごちゃごちゃ言ってないで認めなさいよ!好きなんでしょ?
どっちが本命?それともどっちも遊び?!」
「だから!山本とも雲雀さんともそういうんじゃないですってば!」
「口答えする気?!ホントあんたムカつくッ
…いいわ。その減らず口、叩けないようにしてあげる」
髪を振り乱して怒りを顕にしたリーダーの女の子はあたしを取り囲んでいる他のメンバー達に目で合図を送った。
ジリジリと女の子達は距離を縮めてくる。
ちょ、ちょっと…何する気よ…。
一気に迫ってきた彼女達に再び腕を捕られ、壁に押え付けられる。
抵抗してもがいた拍子に鞄が落ちた。
それを拾った女の子が逆さまにして、中身をあたりにぶちまける。
空になったお弁当箱や水筒、それから書きかけの五線譜なんかが地面に散乱する。
げっなんてコトすんのよ…!
そのうち女の子のひとりがギターに手をかけた。
まさか…!
「あんたがソレ大事にしてんのは調査済みなのよねぇ」
リーダーの女の子が意味あり気に含み笑う。
彼女が何を言わんとしているかを悟って、あたしの心臓は一瞬で縮み上がった。
「お願い!止めて!」
必死に抵抗するが多勢に無勢。
敵うわけがない。
誰かに足を引っ掛けられて体勢を崩され、その隙を突いてギターを奪い取られてしまった。
無様に転んだあたしをファンクラブの子達が上から押えつける。
口の中に土が入ったけど、そんなの気にしてる暇はない。
「お願いだから止めて!それは本当に大事なモノなの…!
本当に山本とは友達なだけなのッそれも嫌だって言うなら彼には近付かないから…!
お願いだからギター返して!」
「あんたが悪いのよ」
ギターを手にしたリーダーの女の子は勝ち誇ったように笑って、ギターを天高く振り上げた。
「止めてぇぇぇーーーーーーーーーーッ!!!!!」
押さえつけられたまま叫んだあたしの哀願の声が、怒りで興奮している彼女に届くわけもなく。
彼女はもう一度嘲るようにあたしを見て笑うと、ギターを躊躇なく地面に叩き付けた。
スローモーションのように目の前で木片が弾け飛ぶ。
弦の切れる音とギターが真っ二つに折れた音が、断末魔の叫びの如く辺りに響いた。
う、ウソ…でしょ…?
あ…あたしの、ギター……
拘束を解かれたあたしは、ギターの残骸に力なく這って近寄る。
呆然と無残に破壊されたギターを胸に抱えるあたしを、彼女達のせせら笑いが包む。
そしてリーダーの女の子は冷たく笑って言い放った。
「言ったでしょ。あんたが悪いのよ」
2009.1.6
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