21
「それじゃ、ヒバリさん雅ちゃんの歌聴いてくれたんだ」
「うん!」
夕食後。
きっとツナが心配してるだろうからと思って、自分の部屋に戻ったあたしは一応報告の電話をかけた。
案の定彼は心配してくれていて、電話をかけようか悩んでいたところだったらしい。
「オレから嗾けといて、砕けてたらどうしようかと思ってたよ」
「また砕けるコト前提かい…!でもね、あの時ツナに背中押してもらって良かったよ。
もしあのまま雲雀さんの所に行かないでいたら、きっとあたし後悔してた」
「そう?そう言ってもらえるとオレも嬉しいけど」
「本当にありがと。……あのね、ツナ」
「ん?」
「雲雀さん、笑ってくれたの」
「雲雀さんが?」
「うん。すっごい優しく。
あたしね、あの笑顔が見られるならもっと雲雀さんの為に歌いたいって思ったの」
「雅ちゃん…それってもしかして…」
「あはは!何か変だよね。忘れて!」
「う、うん」
「まぁそういうわけで、とりあえず報告終わり!また明日ね、ツナ」
「うん、また明日」
電話を切って子機を充電器に戻す。
ベッドに腰掛けていた身体をポンと投げ出す。
あたし、何ちょっと動揺してんだろ。
ツナと話してる途中で雲雀さんの笑顔を思い出して、また胸がトクントクンと鳴り出した。
あたし、どうかしてる。
……雲雀さんに、逢いたい。
自分の身体をぎゅっと抱き締める。
昨日雲雀さんに抱き締められた感覚が不意に戻ってきて、もっと鼓動が速くなる。
―――何だろう、この気持ち……切ない、のかな。
………あぁ!もう!
こういう時はひたすら作曲に没頭するに限るっ
あたしはガバッと起き上がって鞄の中から五線譜を取り出し、ベッドの上に広げて作りかけのフレーズに目を通し始めた。
***
あたしは今、久し振りに朝の通学路を全力疾走している。
油断した…!
昨日の一件ですっかり緊張の糸が切れてしまっていたあたしは、例の如く寝坊してしまった。
作りかけだった曲を書き上げて時計を見れば午前1時を回っていて。
急いでお風呂に入って今日の授業の準備をして寝たが、それでも成長期のあたしに睡眠はいくらあっても足りない。
折角雲雀さんに罰則取り消してもらったのに!あたしのバカぁぁぁ!
雲雀さんには逢いたいけど、今は不味い。
バッチリ遅刻だもん。今彼に遭遇したら、新たに罰則を与えられるのは目に見えている。
絶対チャラになんかしてくれない。最悪あのトンファーの餌食だ。
あたしにとってこっそり校舎裏の塀をよじ登るのは既に御手の物。
そういえば雲雀さんに出逢うきっかけもこれだったっけ。
あの時の雲雀さんの仏頂面を思い出して、ちょっと可笑しくなる。
勢い良く飛び降りると「また遅刻?」と声をかけられた。
たった今思い浮かべていた人物の声に驚いて、その姿を探すと彼は何時ぞやの時と同様、あたしの飛び越えた壁に寄りかかっていた。
「ひ、雲雀さん…!」
「最近遅刻しないようになったと思ってたのに…気が緩んでるんじゃないの?」
雲雀さんは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりあたしの方に近付いてきた。
そして学ランの下の腕が動いた。
うわ!殴られる…ッ!
条件反射でぎゅっと目を瞑って頭を腕で覆ったが、あたしを襲った衝撃は思ったより小さかった。
雲雀さんはあたしの頭をただポンポンと叩いただけだった。
あ、あれ?
恐る恐る目を開けると、そこには怯えるあたしを見て苦笑している雲雀さんがいた。
「君、僕を何だと思ってるんだい?まるで獲って喰われると言わんばかりの反応だね」
「な、殴らないんですか?」
「……そういう趣味?」
「ち、違いますっ!」
頭を抱えていた手を前に突き出して否定すれば、愉しそうに雲雀さんは笑う。
真顔で訊くから本気で言ったのかと思ってちょっと焦った。
「本来なら遅刻者は即刻咬み殺すんだけど。
今咬み殺してしまったら、雅の歌が聴けないからね。今日だけは見逃してあげる」
そう言って微笑んだその顔があまりに綺麗で、あたしは目を奪われてしまった。
絶対怒られると思っていたのに、正反対の反応に少し面食らう。
何だ、雲雀さん他人に優しく出来るじゃん。
いつも眼つき鋭くて血に飢えた獣みたいだと思ってたけど、実は結構気さくなヒトなのかも。
ただ今日は機嫌がいいだけかもしれないけど。
昇降口の方に向かって歩き出した雲雀さんの後にあたしも続く。
雲雀さんに逢えたのが嬉しくて、少し声が弾む。
「雲雀さん」
「何」
「今日は暇な時間有りますか?」
「そうだね…昼休みなら空けられるよ」
「それならお昼一緒に食べませんか?
昨夜一曲書き上げたんで、聴いてもらえたら嬉しいなぁ…なんて…」
「…いいよ」
「ほ、ホントですか?!」
「あぁ」
「じゃ、じゃぁ、天気も良いし外で食べません?あたし授業終わったら応接室に迎えに行きますっ
あぁ、チャイム鳴っちゃった!それじゃ雲雀さん、授業行ってきます!」
始業を告げるチャイムが話してる途中で鳴ったのに気が付いて、捲くし立てるように言って前を歩いていた雲雀さんを追い抜いて昇降口に向かって走る。
一度振り返って「約束ですよ?!」と声をかければ雲雀さんは軽く手を上げて返事してくれた。
…うわ…カッコいい。
おっと、授業授業。
急いで靴を履き替えて教室に向かう。
…あれ?そういえば何で雲雀さんあんな所にいたんだろ。
あたしを待っててくれたとか…?
何時来るか分からないのにそんなコトあるわけないか。
…でも壁に寄りかかってたし、ただの通りかかっただけというのは変だよね。
まさか、ね。
2008.12.6
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