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19


気が付けば窓の外には夜の帳が下りていた。
電灯を点けるのも忘れて夢中で歌い続けていたあたしは、向かい側のソファに座った雲雀さんが腕を組んだまま俯いて動かないのに気が付いた。
あれ、まさか…。
フェードアウトするように徐々に音を小さくして弦を弾く手を止めた。
音が鳴り止んでも彼は動かない。
ついでに肩の黄色い小鳥も首を後ろに向けて羽の間に埋めている。

やっぱり、寝てる?!

満足して歌ってたのはあたしだけ?
折角気持ち良く歌えていたのに…それはないですよ、御二方…。
あたしは思わず肩を落とす。
ん〜、でも考えようによっては眠れるくらい心地好かったってコト?
もしそうなら、悪い気はしない。
熱狂させるだけが歌じゃない。
安らぎを与えるのだって歌い手のひとつの役目だもん。
よし、ここは良い方に解釈しておこう。

それにしてもどうしよう。

壁に掛かった時計の短針は既に7の数字を少し過ぎた所を指している。
いつもだったら今頃家に帰っていて、晩御飯が出来上がるのを指を咥えて待っている時間だ。
集中力が切れたせいで、物凄ーくお腹が空いているのにも気が付いちゃったし…。


つまり、一言で言っちゃえば帰りたい。


だけど雲雀さんをこのままにしてひとり帰るのも気が引ける。
何より怒られそうだよね。勝手に帰るなとかさ。
いや、起こしても怒られそうなんだけどさ。
それに…矛盾だけど今のこの穏やかな応接室の雰囲気はとっても居心地が良くて、去りたくなかった。

暗闇の応接室の光源は天窓から漏れる廊下の蛍光灯の光だけ。

あたしの位置からは雲雀さんの顔は見えない。
どんな顔して寝てるんだろ。
見えないと見たくなるのがヒトの性。
うずうずしてきたあたしは音を立てないようにギターを膝の上からソファの上に置く。
更に細心の注意を払ってスローモーション宛らゆっくり立ち上がる。
抜き足差し足忍び足。
向かい側で寝ている雲雀さんの傍まで近付く。
息を殺して床に膝と次に掌をついて、四つん這いになる。

あと少し…。

そっと雲雀さんの顔を覗き込んだ。
次の瞬間、あたしは彼の寝顔にハッとする。


だって…凄く、その…可愛いんだもん。


普段鋭い視線を向けてくる瞳は閉じられていて、その白い顔に意外と長い睫毛が影を落としている。
あどけない感じが強くなって、まるで天使だよ。
普段悪魔のような雲雀さんだけに、このギャップはヤバい。

ドキドキしてきた。

それからいつもの変なモヤモヤも胸に広がる。
切なくて、苦しくて、でもほんのちょっぴり甘い。
そんな色んな気持ちが綯い交ぜな感じ。
こんなの調律の合ってないギターみたいで気持ちが悪い……気持ち悪いはずなのに……。

どうしてあたしこの不協和音を心地好いと思ってんの?

目の前で気持ち良さそうに寝ているこのヒトに触れたら分かりそうな気がして、そーっと彼の頬に手を伸ばした。
だけどあたしの手が雲雀さんの頬に触れる前に、切れ長の目がいきなり見開かれた。
そして床に四つん這いで彼の方に手を伸ばしているあたしを見て、複雑そうな顔をした。


「…何」

「ぇ、あー、えっと…気持ち良さそうだったんで、つい」


慌てて手を引っ込めて畏まってそのまま床に正座する。
お、怒られる…かも…!
そう思って身を硬くしたが、雲雀さんは大きな欠伸をしただけだった。
小鳥も起きたらしい。
雲雀さんは立ち上がると正座しているあたしの脇を通って窓に向かう。
ガラッと開けると、雲雀さんの肩に止まっていた小鳥は飛んでいってしまった。


「…もうこんな時間か。帰るよ雅」

「は、はぃっ」


どうやら機嫌を損ねずに済んだらしい。
ホッとして立ち上がってギターを背負う。
一足先に廊下に出た雲雀さんの後を追って、あたしも応接室を出た。


「それじゃ、あたしはこれで!」

「待ちなよ」

「?」


鞄を取りに教室に向かおうとしたら呼び止められた。
振り返ると雲雀さんと目が合ったけど、彼はすぐにスッと逸らした。
な、何だ?


「ひとりで、帰るの?」

「はい。教室に鞄取りに行って、そのまま帰ります」

「そう。僕は職員室に用があるから、そうだね…昇降口で少し待ってて」

「へ?」

「家まで送るよ」

「え?えええぇぇぇ?!へ、平気です!ひとりで帰れますっ」

「…僕に送られちゃ何か不味いコトでもあるの?」


雲雀さんはその形の良い眉を顰めて少し怒ったように言う。
わ、折角いい雰囲気だったのに、ここで怒らせちゃ元も子もないよ…!


「そんなコト全く以てないです!」

「じゃ、構わないよね」

「で、でも風紀委員長の雲雀さんにそんなコトしてもらうわけには…」

「雅、待ってなかったら咬み殺すよ」

「ひ、雲雀さん…!」


雲雀さんは釘を刺すと職員室の方にスタスタ行ってしまった。
少しはあたしの話を聞いて下さいよぉぉぉっ
昨日に引き続き雲雀さんに送ってもらうとか…あ、ありえない…。



2008.11.28


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