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18


「ど、どうも…」


驚いてただあたしを見つめる雲雀さんの視線にたじろいで、あたしは片手を上げて何とも間抜けなリアクションをした。
いつもの彼なら「咬み殺すよ」って怒りそうなものなのに。
今の雲雀さんにはそういう殺気みたいなモノはやっぱり感じない。
二の句が告げないでいた雲雀さんは、我に返ると搾り出すように呟いた。


「どうして、来たの」

「どうしてって…」

「僕の前で歌うのは嫌なんだろ?大切なギターも手元に戻った。
 君がここに来る理由なんて、何も無いじゃないか」


雲雀さんは静かにそう言うと、学ランを翻し再び窓の方に歩いていった。
あんなに歌えって言っていたのに。
掌を返したような雲雀さんの態度にチクリと胸が痛む。
やっぱりギターを返してくれたのは、もうあたしの歌を聴きたくないてコトなの…?
彼はゆっくり歩きながら言葉を続ける。


「罰則ももう終わりにしてあげる。だから「歌いたいんです!」」


彼が最後まで言葉を言い切る前にあたしは言葉を被せた。
多分今最後まで言われてしまったら、雲雀さんとあたしの関係が切れてしまいそうな気がしたから。
…そんなの、嫌だっ
窓に向かって歩いていた雲雀さんの足がピタッと止まる。


「…罰則とかそういうの関係無しに。歌いたいんです。
 雲雀さんが納得して笑ってくれるような歌を…あたし、歌いたいんですッ」


伝えたい想いは沢山あるのに、こんなありきたりな言葉しか出てこない。
これで曲作ってるんだから、笑っちゃうよね。
だからこそ、あたしは歌うんだ。

気持ちを伝える為に。


「雲雀さんの為に、歌いたいんです…」


もう一度自分の気持ちを確かめる為に呟く。
背負ったギターのストラップをぎゅっと握って彼の答えを待つ。
たとえ拒否されたって歌うって決めて来たんだ。
嫌だって言われても追い掛け回して歌ってやるんだから。
あたしに背を向けたまま暫く雲雀さんは黙っていたけど、フッと息を吐き出して笑った。


「…君にはいつも驚かされるよ。好きにすればいい」

「あ、ありがとうございます…!」


雲雀さんの肩に止まっていた黄色い小鳥がこちらに飛んできて、今度はあたしの肩に止まった。
小首を傾げて「ウタウ?ウタウ?」と訊いてきた。
言葉理解出来るのかな、この子…!
一緒に歌ってくれるならこんなに心強い味方はいない。


「うん、歌うよ!
 音ノ瀬雅、僭越ながら並盛中学校校歌歌わせて頂きますっ」


雲雀さんが聴いてくれる…!
それだけで心が弾んで、すぐにでも歌いたい。
背中のギターをぐるりと前に回して弾こうとすると、それに気が付いた雲雀さんが呆れた顔で振り返った。


「ちょっと、そんな所で歌うつもり?中に入りなよ」

「あ、はぃ!」


元気良く返事をすると、雲雀さんは口元に手を当てて喉の奥でクックッと笑った。
そしてソファにゆったりと腰掛けた。
いつもなら立って歌うけど、今日はギターがある。
あたしは雲雀さんの向かい側のソファに腰掛けて、足を組んでギターを構える。
調律の為に何度か鳴らす。
あれ?思ったより狂ってないな…。
もしかして雲雀さん弄ってくれてたりして。


「準備出来ました」

「そう。じゃ、歌ってよ」


雲雀さんに促されて歌い出すと、肩の小鳥も一緒に囀り出した。
…多分今まで歌った中で一番楽しく自由に校歌を歌った。
あたし自身も楽しかったけれど、瞳を閉じて歌を聴いてくれている雲雀さんの表情が穏やかで。
昨日の放課後よりも、もっと優しくて。
組んだ腕の指先でリズムなんか取っちゃって。
あぁ…思ったとおりだ。


雲雀さん笑ってる方が断然カッコいい。


怖いとか最強の風紀委員長だとかそんな周囲から貼られているレッテルが嘘のよう。
確かにマイペースだし興味があるのは自分のコトばかりだけど、こんなにも優しく笑える人なんだ。
自惚れかもしれないけど、もしそれを引き出せたのがあたしの歌なら…凄く嬉しい。

あたしの歌が雲雀さんを笑顔にして、雲雀さんの笑顔がまたあたしを歌わせる。

その連鎖は凄く幸せなコトのように思えて。

1曲歌い終わると、雲雀さんはパチパチと拍手をしてくれた。
昨夜のライブでもらった拍手も嬉しかったけど、彼の拍手は彼の笑顔同様貴重だと思う。
今まで雲雀さんの前で上手く歌えなかったのは一体何だったのか不思議なくらい、今は声が出る。
だから嬉しいし、気恥ずかしい。
叩いていた手を止めて、また腕組をした雲雀さんはニッと笑った。


「悪くなかったよ」

「…もう、雲雀さん意地悪です。素直に良かったと言って下さいよ」


頬を軽く膨らませて文句を言う。
すると彼は何ともいえないほど、切なく、優しく微笑んだ。


「……もう二度と君は僕の為に歌ってくれないと思っていたよ」


ドクンッ
あ、あれ?何かドキドキする。
雲雀さんは段々暮れてきた窓の外に視線をやりながら、少し声を落とした。


「…僕が素直に雅の声が聴きたいと言ったら、これからも君は歌ってくれるの?」

「雲雀さんが望んでくれるなら…いくらでも」

「ありがとう、雅」


あたしの名前を呼ぶ彼の声は、まるで甘い旋律。
そう。甘くて、切なくて、少しだけ怖い。
雲雀さんに出逢うまで感じたコトのないこの気持ちは何だろう。


「雲雀さん、素直で気持ち悪いです…」

「酷いね。君が素直になれって言ったんじゃない」

「あ、アレは勢いというか何というか…あは、あはは」

「まぁ、自分でも他人にお願いするなんて信じられないけど。
 ―――君の綺麗な歌声を聴くと、僕みたいな人間でも素直になれるのかもね」


雲雀さんは茜色を増してきた空に目を向けたまま穏やかに笑った。
その肩に黄色い小鳥があたしの肩から飛び立って止まる。
どうしよう。そんなコト言われたら、嬉しくて胸が壊れそう。
それに…雲雀さんって本当に綺麗に笑う。
唯でさえカッコいいのに、ちょっとずるい。
今までされた怖いコトもその笑顔だけで許せてしまいそう。

―――――もっと今の雲雀さんを見ていたい。


「雲雀さん!あたしもっと歌いたいです。聴いて、くれますか?」


ソファから腰を浮かせる程意気込んで話しかける。
急に話しかけられて驚いたのかはたまたあたしの勢いに驚いたのか、軽く目を見開いてあたしを見た雲雀さんはすぐに苦笑を漏らした。


「君は本当に歌うのが好きなんだね」

「はぃっリクエストありますか?それとももう一度校歌を歌いましょうか?」

「…そうだね、今度は君の作った曲が聴きたいな」

「喜んで…!」


意気込み過ぎて少し浮いていた腰をしっかりソファに落ち着けてあたしはギターを構え直す。
歌い出すと雲雀さんは再び綺麗な黒色の瞳を閉じてあたしの歌に耳を傾けてくれる。

何時になくゆったりとした空間の応接室で、あたしは完全に陽が暮れるまで歌った。

ただひとり、雲雀さんの為に。



2008.11.21


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