17
「それじゃあこの問いを…、音ノ瀬」
雲雀さん、何でギター返してくれたんだろう。
「おーい、音ノ瀬!聞いてるかぁ?」
やっぱりあの時歌うの拒否したから怒らせちゃったのかな…。
「雅ちゃん、雅ちゃん…!当てられてるよ…!」
「へ?」
小声でツナに呼ばれて、あたしは思わず素っ頓狂な声で答えてしまった。
クラス中の視線があたしに集中している。
ヤバい、授業中だった…!
慌てて立ち上がると、如何にも不機嫌そうに先生が言った。
「珍しく遅刻してこなかったと思えば、上の空か。そんなに私の授業はつまらんかね」
「そ、そういうわけじゃ…!すみませんでした」
「ちゃんと聞いておけよ?明日小テストするからな」
一斉に生徒から不満の声が上がるが、先生はそれを無視して授業を再開した。
心配そうな視線を投げかけてくるツナに苦笑いを返して、あたしは力無く椅子に腰を下ろす。
朝から雲雀さんがギターを返してくれた理由を考えては堂々巡りを繰り返していた。
京子は草壁さんに「没収していたギターを返すと伝えてくれ」と言われただけで、その理由は聞いてないと言ってた。
雲雀さんはどうして急に返す気になったのか。
どうして自分では返しに来ないで草壁さんに頼んだのか。
その行動は間接的にもうあたしの歌を聴きたくないと言われているようで…。
椅子の背凭れに掛けたギターにそっと触れる。
無理に歌わされるのは嫌だったし、罰則なんて終わればいいと思ってた。
早くギターを返して欲しかったはずなのに、どうして素直に喜べないんだろう。
最近分からないコトだらけ…。
深く溜め息を吐いて窓の外をボーッと眺めていると、また先生に怒られてしまった。
***
「はぁ〜…」
「雅ちゃん今日溜め息吐きっぱなしだね」
帰り支度を整えたツナが振り返って苦笑いした。
そういえばそうかも。
ツナは朝一緒に登校してからずっとあたしの溜め息を聞いていたコトになる。
か、かなりウザいかも…!
両の掌を合わせ、ツナを拝むように謝る。
「ごめんね…煩かった?」
「あ、いや、そういうんじゃなくてさ。
ギター手元に返ってきたのに、嬉しくないのかなって思ってさ」
「そう、それが問題なのよね。嬉しいんだけどさ、スッキリ喜べないのよ。
何か引っ掛かっちゃって、こう…モヤモヤするっていうか…」
また溜め息を漏らしながら、あたしは机の上に突っ伏した。
ツナはちょっと考える風に瞳だけを動かして斜め上を見た。
「それってやっぱヒバリさんのコト?」
「…うん。あたし絶対雲雀さんが納得するような校歌歌えてないのよね。
それなのにいきなりギター返されたってコトは、昨夜のコトが原因だよね?
やっぱあたし、嫌われちゃったのかなぁ」
「…それは、どうだろ。
雅ちゃんちの前で見かけた限りじゃそうは思えないんだけどな…」
「そうかなぁ。タメ口きいちゃったし、かなり反抗的な態度取っちゃったしさぁ」
「うーん…やっぱりヒバリさんとの帰り道で何かあったの?怒られたって言ってたけど」
「う…」
「あぁ、いいよ!言いたくないんでしょ?
それよりさ、雅ちゃんはどうしたいと思ってるの?」
「ぇ?」
「ヒバリさんが何を思ってギターを雅ちゃんに返したかはオレにも分かんないけど。
くよくよ考えてるのってらしくないよ。雅ちゃんは当たって砕けろ派でしょ?」
「…砕けちゃうコト前提かい」
「アハハ」
「そう、だね。あたしは雲雀さんじゃないもん。雲雀さんの考えなんていくら考えたって分かるわけないよね。
……あたしは雲雀さんが納得してくれる校歌を歌いたい…!」
ガバッと起き上がってギターを背負う。
思い立ったら即行動!
ツナの言うとおりだ。
くよくよしてるのなんてあたしらしくない。
肩にかけたストラップをぎゅっと握る。
「ツナ、ありがと!」
「頑張って!雅ちゃん」
応接室に向かって駆け出しながら振り返ってツナにお礼を言うと、グッと握り拳を作って彼はそれに答えてくれた。
昇降口に向かう生徒を縫うようにして、廊下を走る。
たとえ雲雀さんが聴きたくないと耳を塞いでも、あたしは歌おう。
彼が耳を傾けてくれるまで、何度でも…!
あたしは雲雀さんの笑顔が見たいんだ。
***
見慣れた応接室の前まで来ると、あたしは一旦大きく息を吸い込んでゆっくり吐き出した。
見張りの風紀委員はいない。
雲雀さん、いるだろうか。
もしかしたら巡回に出ていないかもしれない。
…いなくても、探すもん。
ドア一枚隔てた向こう側に雲雀さんがいると思うと、変に緊張してきた。
ドキドキと煩い心臓を押え付けながら、一歩踏み出してドアに近付く。
すると中から聞き覚えのある歌が聞こえてきた。
中腰になって音を立てないように少しだけドアを開け中の様子を伺う。
遅刻常習犯のあたしにとって、音を立てずにドアを開けるなんて朝飯前。
こんなところで普段の遅刻スキルが役に立とうとは…。
ちょっとだけ空しい気持ちになりながら、応接室を片目で見回す。
雲雀さんは…いた。
彼はその手にあの黄色い小鳥を止まらせて、窓際に寄りかかって立っていた。
何だか物憂げで、いつもの覇気が無い。
彼の細い指に止まって、小鳥は一生懸命うちの校歌を口ずさんでいた。
以前のように音が外れること無く最後まで歌い切った小鳥の頭を、雲雀さんは優しくひと撫でする。
そして柔らかく笑って呟いた。
「雅のお陰かな…」
彼の口から思いがけず出た自分の名前に、あたしの心臓は痛いほどにドクンッと脈打った。
え、えぇ?!な、何で…?!
何で、あたしの名前…?
激しい動揺に襲われて、自分が今覗き見ているというコトを一瞬忘れて。
ドアを押えていた手に力が入り、あたしはガタッと音をたててしまった。
驚いた小鳥が飛び上がり、雲雀さんの肩に移動する。
や、ヤバ…ッ
勿論それを聞き逃す雲雀さんではない。
「誰」
誰何の声を上げて素早くドアに駆け寄って、あたしが逃げる間も無くそれを全開にする。
中を覗き見ていた体勢のまま恐々見上げると、驚いて目を見開いている雲雀さんと視線が合った。
き、気まずい…。
「―――どうして…」
明らかに動揺している雲雀さんは、少し声を詰まらせてそう呟いた。
2008.11.13
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