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14


「ねぇ、答えなよ。どうして僕の前ではちゃんと歌えないの?」


至近距離で睨まれて動けないあたしの顎を掴んだまま、雲雀さんは親指であたしの唇を撫でた。
彼の冷たい視線は見えない刃になってあたしを突き刺す。
本当に夕方の雲雀さんと目の前の雲雀さんは同一人物だろうか。
このギャップは何なの?
どうしてあたしはこんな目に遭ってるの?
彼の冷たい瞳を見ている内に段々思考がぐちゃぐちゃになってきた。

―――――もう、ヤダ。

最強の風紀委員長だとか罰則だとか、そんなのもうどうでもいい。
あたしも負けじと雲雀さんをキッと睨み付けた。


「そんなの、あたしだって知らない…!理由が分かるならこっちが知りたいくらいよっ
 ただ他の人の前ならちゃんと歌えるのに、貴方の前だと喉が詰まって上手く歌えない…ッ!
 こんなコト今までなかったのに…!」

「そんなの知らない。今後一切さっきみたいな活動は止めてもらうよ。
 君は僕の為だけに歌えばいい」

「嫌!あたしはあたしの歌いたい時に歌う!」

「…君の大切なギターがどうなっても構わないの?」

「脅しのつもり?どうせ返す気もないクセに…!」

「―――ッ」


素直に従わないあたしの態度が、彼の眉間に深い皺を刻ませる。
自分の言動が彼の感情を逆撫でしているのは分かっているが、一度吐き出してしまった言葉は止まらない。
怖さよりも彼に対する怒りと不満が心の中で勝った。
あたしはそれをぶつけるように、雲雀さんの胸を片手でドンドン叩く。


「雲雀さんこそ、どうしてそこまでしてあたしに歌わせたいの?!
 あたしの歌が聴きたいなら、脅したりしないで素直にそう言ってくれればいいじゃない!
 誰がからかったり怒ったり、大切なギター取り上げた相手に気持ち良く歌うのよ…っ
 出来るわけないじゃない、そんなコト!!
 『僕の為だけに歌えばいい』?冗談じゃないわよ。あたしは雲雀さんのモノじゃない…!」

「……」

「だけど…だけど少なくとも今日の放課後、あたしは貴方の為に歌った…!
 正直今まで毎日ギターのコトばかり考えて歌ってた。
 でも…今日は雲雀さんあたしの歌を聴いている時とっても優しい顔してて…。
 あたしの歌が貴方に届いたんだと思ったのに…!それなのに…!」
 

ずっと堪えていた涙が頬を伝う。


「あたしは雲雀さんに笑って欲しいのに…っ
 どうして貴方にはあたしの声が届かないの…?」


ぐちゃぐちゃだった感情が憤りから哀しみに変わって。
頬を伝う涙は顎を掴んだままの雲雀さんの手も濡らす。
あたしの剣幕に驚いたのか、雲雀さんは途中から戸惑いの表情に変わっていた。
先に目を逸らしたのは、彼の方だった。
そして溜め息をひとつ零すと、ちょっとだけ困ったようにあたしを見た。


「……泣くことないじゃない」


ぽつりと言って顎を放すと、掴んでいたその手であたしの濡れた頬を拭った。
しかも恐る恐るといった感じで。
もうさっきみたいな怖い雰囲気は消えている。
だけど一度堰を切って流れ出した感情と涙は止まらない。


「強いのか弱いのか…良く分からないね、君」

「…うぅっだ、だって…!ひば、りさんが…っ」


興奮が冷め遣らず彼の手を払い除け、自分で涙を拭いながら文句を言う。
するとまだ掴まれていた手首を引かれた。
あたしはまた雲雀さんの胸に鼻をぶつけた。
だから、痛いってば…っ
顔を上げようとしたが、その前にガッチリ後頭部と腰を押えられてしまった。
え…な、何…?

あたし、雲雀さんに抱き締められてる…?

急な展開について行けず、呆然としてしまう。


「ひ、雲雀さん…?!」

「ハンカチ」

「…ぇ?」

「だから、今僕ハンカチ持ってないんだ」

「は、はぁ…」

「鈍いな、君。全部言わせる気?」


そんなコト言われたって…。
つまりハンカチを持ってないから、雲雀さんの胸で涙を拭けというコトだろうか。
零れていた涙は驚いた拍子に止まってしまった。
ワイシャツ越しに伝わってくる雲雀さんの体温と鼓動を頬で感じて何だか恥ずかしくなってきた。

そういえば父さん以外の男の人にこうやって抱き締められるの初めてだ…。

う、ヤダ…どうしよう!
雲雀さんの前で泣き喚くとか…!あたし何してんのよ…!
しかもこの状況…!

恥ずかしさから俯こうとして、雲雀さんの胸に余計顔を埋める結果になってしまった。
後頭部を押さえつけていた雲雀さんの手がゆっくりと頭を撫で出した。
温かくて大きな男の子の手。
そんなコトをされては益々顔が上げられない。
自分の胸のドキドキが鼓膜を内側から叩くように聞こえて煩い。


「ねぇ、泣き止んだなら歌ってよ。さっき駅前で歌ってた曲で構わないから」

「…こんな状態じゃ、無理です」

「…そう」


少し勿体無い気がしたが、雲雀さんの胸を押してあたしは彼から離れた。
勿論まともに顔なんて見れないから俯いたままで。
すると彼はあたしの顎を再び掴み上向かせた。
うわー!止めて下さい、雲雀さん!
涙でぐちゃぐちゃだし、顔真っ赤だし、一応女の子としては見られたくありません…っ
そんなあたしの心なんて露知らず、雲雀さんは自分のワイシャツの袖をちょっと伸ばしてあたしの顔をゴシゴシ拭いた。
い、痛い…。雲雀さん力加減おかしい…!


「あ、あの!もう平気ですから」

「…酷い顔」

「な…!」

「帰るよ」


そう言った彼の顔はやっぱり不機嫌そうだった。
歩き出した雲雀さんの後を慌てて追いかける。
別に一緒に帰らなきゃいけないわけじゃないんだけど、ここでぐずるとまた面倒なコトになりそうだからね。
眼前を歩く雲雀さんの学ランをボーッと眺める。

雲雀さんてホント不思議な人。

怖いんだか、優しいんだか、よく分からない。
殴られるかもしれないとは思ったけど、まさか抱き締められるなんて思ってなかったし。
アレさ結局袖で拭くなら抱きしめるコトなかったじゃん…!
さっきの状況を思い出して顔が熱くなる。
…でもちょっとだけ嬉しかった。
あぁ、でも気まずい。
歌うの拒否しちゃったし。
ヤバいなぁ…罰則追加されそう…。
っていうか、人質ならぬ物質のギターが危ういじゃないか…!
頭に血が上って軽率な行動取っちゃったよぉ・・・あああぁぁっあたしのバカッ

そんな考え事をしながらただ前を行く学ランを追いかけていると、ピタリと雲雀さんが立ち止まった。
表札を見ると『音ノ瀬』と書いてある。あたしの家だ。
一杯一杯だったあたしはそこでやっと雲雀さんが送ってくれたんだと気が付いた。
だって「帰るよ」とは言ったけど何処に帰るのか分からなかったんだもん。
普通に考えれば家に帰るんだよね。あはは。
でも、どうして雲雀さんあたしの家知ってるんだろ…。


「何ボーッとしてるの。君の家ここだろ?」


雲雀さんは自分の家の表札をジーッと見つめているあたしを気味悪そうに見た。
慌てて返事をする。


「は、はぃ。えっと、送ってもらっちゃってすみませんでした」

「…別に。ひとりで帰して何か起こって風紀が乱れるのが嫌だっただけだよ。
 一応君も女子だし、並中生だからね」

「えっと…じゃぁ、さよなら」

「あぁ」


彼に一礼して門を開け、あたしは一歩中に足を踏み入れた。
同時に手首を掴まれた。
振り返れば勿論雲雀さんがいたんだけど、その顔が少し淋しそうでドキッとしてしまった。
無言だけど『行かないで』と引き止められているようで。
さっきから見たことのない雲雀さんばかり。
こんなに色んな表情の雲雀さんを見たのは初めてだ。


「雲雀さん…?」

「あ…あぁ、ごめん」


雲雀さんはそっと手を離した。
それから逡巡の後口を開く。


「君は僕が…」

「?」

「…いや、何でもないよ。じゃぁね」


何かを言いかけて止めた雲雀さんは踵を返して行ってしまった。
何を言いかけたんだろう、雲雀さん…。
段々小さくなるその背中を、あたしは掴まれた手首を摩りながら複雑な思いで見送った。



2008.10.28


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