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12


結局。
雲雀さんから帰宅の許可が出たのは18時を回ってからだった。
通学路を息を切らせて猛ダッシュで駆け抜け家に帰る。
雲雀さんの前であんなに歌ったのにまだまだ歌い足りない。

歌いたくて、歌いたくて。

飛ぶように家に帰り、夕飯の支度をする母さんに急く気持ちを無理矢理押さえつけて事情を説明する。
初めは流石に放任主義の母さんも渋っていたが、「たまにはいいじゃないか」という父さんの鶴の一声と、ツナ達が一緒だというコトで辛うじて許してもらった。
そうだ、まず獄寺に電話しなきゃ!
家の電話から獄寺の携帯にコールする。
すぐに彼は出た。


「音ノ瀬か?」

「うん!両親にOKもらえたよ」

「そっか。オレと山本はもう10代目の家にお邪魔してっから、飯食ったらこっち来い。家近ぇんだろ?」

「うん、じゃそうする。また後でね!」

「おぅ」


通話を終えて深呼吸する。
帰り道を急いだせいなのか、これからしようとしているコトへの期待からなのか。
胸がドキドキする。
通り過ぎる人々はあたしの歌を聴いてくれるだろうか。
ドキドキを抱えながら自分の部屋に支度をしに向かった。


***


「おばさん、こんばんわ!」

「あら、雅ちゃんいらっしゃい。ツーナー!雅ちゃん来たわよー!」


2階から「今行くー」とツナの声がした。
ガタガタ音がしたかと思うと、山本、獄寺、ツナの順で階段を下りて来た。
獄寺は大きめの黒いケースを持っていた。
きっとアレにキーボードが入っているんだ。
本当に持ってたんだなぁ。
軽くみんなと挨拶を交わす。


「じゃ、母さん行ってくるよ」

「女の子もいるんだから危ないことしちゃダメよ」

「分かってるよ!第一なんだよ、危ないことって」

「やぁねぇ!母さんの口からは言えないわぁ」

「あぁ!もう!止めてよ、母さんっ」


口に手を当ててムフフと笑うおばさんと顔を赤くしてムキになって答えるツナ。
毎度この親子のやり取りは微笑ましい。
邪険に扱うけど、本当はツナおばさんのこと大好きなんだよね。


「へーき、へーき!ツナにそんな度胸ないって!」

「それもそうねぇ」


クスクス笑いながらこんな話が出来るのも、小さな時からの付き合いあってのコトだ。
ツナの家とあたしの家は5分くらいの距離で、学校帰りによく近くの公園で遊んだものだ。
あたしとおばさんの会話から逃げるようにツナはとっとと外に出てしまった。
各々おばさんに挨拶やお礼を言って、沢田家を出発する。
もうすっかり暗い夜道を期待に胸を躍らせながら、あたしは並盛トリオと一緒に歩いて駅へ向かった。


***


駅前は電車が着いたばかりなのか、そこそこの人で賑わっていた。
あたし達は早速路上ライブの場所を確保して準備を始めた。
獄寺のキーボードスタンドの組み立てを手伝っていると、山本に声をかけられた。


「音ノ瀬、コレ」

「おぉ、マイクじゃん!」

「うちの店で宴会の時に使ってたんだけど壊れちまってさ。
 音出ねーけど、気分は盛り上がるかと思ってな!」

「あたし声大きいし、壊れてたって大丈夫!
 マイクの存在があるだけで集中して歌い易いんだよね。山本、マジでありがと!」


歌えるというだけで舞い上がってて、マイクのコトなんて全然考えてなかった。
山本からマイクを受け取って、キーボードのセットが終わった獄寺とツナの方に振り向く。
ちょっと気取ってマイクを構えて軽く歌うと、ツナがにっこり笑って褒めてくれた。


「うんうん、いい感じじゃない?様になってるよ雅ちゃん」

「へへへ〜」

「気持ち悪い笑い浮かべてないで、打ち合わせすっぞアホ女」

「あぃよっ」


もう嬉しくてテンションがおかしい。
アホでもバカでも好きに呼んでって感じで気にもならない。
まぁ言われ慣れたっていうのもあるけど。
獄寺は軽く慣らす感じで昼間渡した譜面を弾いて聴かせてくれた。
驚いたコトに、彼は殆ど完璧に弾けるようになっていた。
す、すご…!
あんたどこの天才ピアニストだよ。
一緒に聴いていたツナも山本も感嘆の声を漏らした。


「うめーな、獄寺」

「ホント凄いよ獄寺君!」

「見直したわ〜」

「大したコト無いッスよ」


あたしと山本よりもツナに褒められたのに気分を良くした獄寺は照れたように頭を掻いた。
うちらは無視かい。
あはは、でもなんか獄寺犬っぽい。
「10代目の為なら、オレ毎日でも弾くッス!」とかニコニコしながら言ってるし。
一通り打ち合わせが済むと、山本とツナはあたしと獄寺の前に座った。
2人まとめて観客第一号ね!


「準備はいいか、アホ女」

「もち!」

「じゃ、いくぜ」


アイコンタクトを取って、獄寺が演奏を始める。
マイクを握り締め、大きく息を吸い込んで。
あたしはいつものように歌う。

ひとり、またひとりと通りすがる人が足を止めてあたしの歌に耳を傾けてくれる。

緊張は全く無かった。
ぶっつけ本番、正真正銘初めてのセッションなのに、獄寺とのリズムも合う。
まるであたしの意図が分かるかのように、音を合わせてくれる。
弾き語りの経験が長かった分、誰かの伴奏で歌うのは正直勇気がいった。
だけど……


なんて気持ちが良いんだろう…!


気持ちが良ければ声も出る。
立ち止まってあたしの歌を聴いてくれる人、待ち合わせのついでに聴いてくれる人、チラッとだけ見て行ってしまう人。
色んな人の前であたし今歌ってるんだ。

沢山の人に届けたい。
あたしの歌を。
今の幸せな気持ちを。

あたしはただそれだけを願って、夢中になって歌った。
歌い終わって気が付けば、まばらだった観客はいつの間にか膨れ上がってあたしと獄寺に温かい拍手を送ってくれていた。
初めての路上ライブでこんなに沢山の人に聴いてもらえると思わなかった。
胸の奥が熱くなる。
感無量ってこういう気持ちなんだね。
感謝の気持ちを込めて観客に向かって深くお辞儀をした。
次はいつこうやって人前で歌えるか分からないけど、あたしの中で確かなのはまた歌いたいと思っているというコト。
顔を上げると「良かったよ!」「また聴かせてね」と去り際の観客に声をかけられた。
う、うわ…!嬉し過ぎるよ…っ
感動を噛み締めていると山本にポンッと肩を叩かれた。


「ライブ大成功だったな」

「カッコよかったよ、雅ちゃんも獄寺君も!」

「ありがとう!あんた達のお陰だよ。あたしひとりじゃこんなコト出来なかったもん」

「少しは気晴らしになったか?」

「最高に!」


バチーン!

せーので並盛トリオと輪になってハイタッチを交わす。
こんな貴重な体験の場を与えてくれた3人には、感謝してもし足りない。
どうせだったらツナと山本も何か楽器演奏させちゃって、バンド組んだら面白いかも。
ライブの高揚感を持て余しながら帰りの支度を始めようとしたその時、聞き覚えのある声がした。


「何の騒ぎかと思ったら…君達、こんな所で何してるの」


ビックリして振り返ると、そこには学ランに目にも鮮やかな赤い腕章をつけた並盛中風紀委員長の姿!
その顔と声には明らかな怒気が含まれている。
最高に幸せだった気分は、彼の出現でフリーフォールも真っ青なスピードで不幸のどん底まで落っこちた。
ゆっくりとこちらに近付く雲雀さんの口元に浮かんだ冷たい笑みはあたし達を凍り付かせるには充分過ぎて。

こ、これってやっぱピンチ…だよね?!



2008.10.17


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