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11


あたしは悔しさを堪え、来る日も来る日も放課後の応接室に通った。
けれど一向に雲雀さんはOKをくれない。
雲雀さんはただ聴いている時もあるし、書類整理をしながら聴いている時もあったが、何度も何度も歌い直させられた。
そうやって限界まで歌わせるのに、あたしの声が掠れてくると「もういいよ」とあっさり帰す。
意地悪なんだか優しいんだか、ホント分かんない。

一体いつまでこの『罰』は続くんだろうか…。

いやいやいやいや!
弱気になっちゃダメよ。
あたしの歌で雲雀さんを納得させるって決めたんだからっ

勿論ギター返して欲しいのが一番なんだけど、あたしの歌にダメ出ししたのは彼が初めてだった。
人間10人いれば10の考え方があるのも分かるけど、あたしにとって歌を否定されるというコトは、自分自身を否定されるに等しい。
雲雀さんにとっては単なる退屈凌ぎかもしれない。
でもあたしにとって、雲雀さんに認められるかどうかは大きな問題だ。

ふっふっふっ!最後に笑うのはあたしよ…!

休み時間中に妙なノリで心の中で笑い、自分の席に座ってたあたしを獄寺が気味悪そうに見た。
ツナのところに雑談をしに来ていた彼は、ツナと目配せすると話しかけてきた。


「おぃ、アホ女。今夜暇か?」

「え?夜?別に空いてるけど…何よ」

「おまえさ最近ずっとヒバリ相手に歌わされてへこたれてんじゃねーかと思ってよ。
 気晴らしに駅前で歌ってみねーか?」

「へ?それって路上ライブしようってコト?」

「じゅ、10代目の発案だからな!仕方なくだからな!
 一応おめーも女だし、10代目とオレと野球バカがついて行ってやる」

「まぁ、そういうコトなんだけど、どうかな雅ちゃん。
 ちゃんと家まで送るし、おじさんとおばさんが許してくれるなら行ってみない?」

「い、行く!行きたい!歌いたい!」


ツナが一緒なら多分両親は許してくれる。
うわー!やってみたかったんだよなぁ。
まだ中2だし女だしひとりで路上ライブなんてとんでもないと思ってたけど、並盛トリオがついて来てくれるなら心強い。
ツナはまぁ、措いといて。
獄寺と山本は喧嘩強そうだし、万一変な人達に絡まれても助けてくれそうだ。
気持ちが急上昇して何歌おうかなとか考えてたら、重要なコトに気が付いた。


「そうだ、あたし今ギターないんだった…」

「あー、それなら心配すんな。オレが伴奏してやる」

「え?!あんた楽器出来るの?!」

「ピアノならちょっとな」

「意外…」


悪ガキっぽい獄寺からは想像出来ない特技に思わず口を開けて感心してしまった。
でもピアノってったって、駅前に持っていけるもんじゃないよね。
あ、そっか!確か押入れの中にアレがあった!


「じゃ、獄寺!あたしのピアニカ貸してあげるよ!」

「ぶっ!!おま!オレにあんなダセーもん持たせる気か?!」


思わずピアニカを持った獄寺を想像したのか、ツナが急に吹き出した。
慌てて口を押えて笑いを堪えているツナに、想像された獄寺本人は「10代目ぇ〜…」と情けない顔をしてしょんぼり項垂れる。
凹んでいたと思ったらすぐに彼はキッとこちらを睨んだ。


「てめーがくだらねーコト言うからだ、このアホ女!伴奏してやんねーぞ!」

「あぁ!それはヤダ!謝るからさ〜!このとおり!」


両手を合わせて拝むように「ごめんなさい!」と謝る。
完璧に機嫌が直ったわけではなさそうだったが、ツナに宥められて渋々許してくれた。


「取り敢えずでかくはねーが持ち運び出来るキーボードが家にあっから、それ持ってくぜ」

「うん!そだ。帰れるの雲雀さん次第なんだけど、待ち合わせ時間どうしよう」

「そーだな…親に許可貰って準備出来たらオレの携帯にかけろ」

「オッケー!」

「おい、幾つか譜面持ってんだろ?夜までに覚えっから貸せ!」


獄寺は面倒臭そうにしながらも、段取りをポンポン決めていく。
おぉ…!なんか獄寺が頼もしく見える…!
こんな近くにピアノ演奏出来る人間がいたなんて。
もっと早く知ってたら…バンド結成したのに…!
まぁ、断られそうだけど。
でも夜楽しみだな。
勝手に頬が緩んで笑顔になってしまうあたしを見て、ツナがまた笑う。


「良かったね、雅ちゃん」

「ツナが提案してくれたお陰だよ!ありがとね!」


何日か振りに気持ちが軽くなって、あたしは心から笑えた気がした。
持つべきモノは友だよね!
初めての試みに期待と好奇心が膨らみ、あたしの心は躍っていた。


***


「……何か良いことでもあったのかい?」


初めの1曲が歌い終わると書類と向き合っていた雲雀さんは、顔を上げて少し怪訝そうに呟いた。

す、鋭い…!

確かに今日は今までよりも声の出が良い。
これは罰則だし雲雀さんの意地悪で歌わされているのかと思ってたけど、ちゃんとあたしの歌を聴いていた…?
少しだけきゅっと心臓が収縮する感覚に戸惑う。
もしそうなら嬉しいけど、ここで彼に声が良く出る原因に気付かれるのはマズい。

雲雀さんの言う『良いこと』は夜の路上ライブのコトだ。

もし夜の約束がバレたら最悪喉が潰れるまで歌わされるかもしれない。
そうしたら折角並盛トリオが計画してくれた、初の路上ライブがパーになってしまう。
それに風紀を重んずる雲雀さんのことだ。
中学生のあたし達が夜外出すると風紀が乱れると、問答無用でトンファーを振り下ろすに違いない。
そんなコトになっては断じて困るっ
だって、あたし歌いたいもん!
通りすがりの人だって構わない。あたしの歌を聴いてもらいたい!
あたしはなるべくいつもと変わらない態度で、でもちょっとだけ笑顔で答えた。


「い、いえ。何も」

「…ふぅん。いつもと感じが違ったから、何かあったのかと思ったんだけど」


雲雀さんは薄く笑って探るようにあたしを見た。
ひぇぇぇ〜〜〜っ絶対勘繰ってる…!
平常心、平常心。
突き刺さる様な雲雀さんの視線が痛いが、普段と変わらないように立ち振舞う。


「…まぁ、いいよ。君が嘘を吐いたって僕には関係ないからね。
 今は余計なことを考えずに、僕が納得出来るような校歌を歌いなよ」

「は、はぃ」


深く追求されなくて良かった…!
何とか危機を乗り越えて、ホッと胸を撫で下ろす。
雲雀さんは「じゃ、続けて」と呟いて、再び机の上の書類に目を落とした。
あたしも深く息を吸い込んで校歌を歌い始めた。
余計なコトを考えずにと言われたが、どうしたって夜の約束が楽しみでそのコトばかり考えてしまう。
いつもより声も弾む。

心なしか書類の文字を追う雲雀さんの瞳が優しいような気がしてドキリとする。

一瞬見間違えたかと思うほどに。
口元もいつもと違って、緩やかな弧を描いている。
―――これは劇的な変化だ。


……もしかして雲雀さん、あたしの歌に反応してくれてる?


もしそうなら。
少しでもあたしの声が届くなら。
今日も雲雀さんはギターを返してくれないだろうけど、それでも一生懸命に歌おう。


いつも怖い顔をしている雲雀さんが優しく笑ってくれるような歌を歌いたい。


いつの間にかそんな風に考えている自分がいた。



2008.10.14


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