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「げ。それじゃこれから毎日ヒバリんとこ行って校歌歌うのかよ?」
「そういうコトになりました。あは、あはは」
あからさまに引き攣った顔で言う獄寺に、あたしもあからさまな作り笑いで答えた。
翌日。
また並盛トリオ(勝手に命名した)と一緒に屋上でお弁当を食べながら、あたしは昨日の放課後の出来事を説明した。
今日一緒に雲雀さんのところについて来てくれるっていってたから、一応事の成り行きを説明しておかなきゃと思ってさ。
ツナも山本も何とも言えない複雑な表情をしていた。
「どんだけ学校好きなんだ、ヒバリさん…」
「それにヒバリが納得するまでっていうのもあやふやな条件だよな」
山本は飲み終わった牛乳のストローを口に咥えてピコピコ動かしながら、うーんと唸った。
「あたしの歌の何がいけなかったんだろう…」
「お、オレは雅ちゃんの歌好きだけどな」
「10代目が褒めるんだから悪かねーんじゃねぇか」
「オレも好きだぜ」
「ありがと、みんな」
少ししょんぼり肩を落として言うとツナ達が慌ててフォローしてくれた。
雲雀さんには余計なコトを考えて歌ってたって言われたけど、それってギターのコトかな。
…やっぱりギターがないと落ち着かない。
昨夜も寝る前に曲を作ろうかと思ったんだけど、イメージが上手く纏まらなくてやめた。
それでも習慣で暫く五線譜と睨めっこしてたんだけどね。
雲雀さんの話してたらモヤモヤしてきた。
「あぁっ!歌いたいっ!!!」
いきなり叫んだあたしに並盛トリオは驚いて一瞬後ろに身を引いた。
付き合いの長いツナはあたしに対する免疫があるせいか、ダメージからすぐに回復すると苦笑する。
「そういえば最近雅ちゃんの歌聴いてないな」
「なぁ、音ノ瀬!ここは1曲ストレス発散に歌わね?」
「そう?んじゃお言葉に甘えて…」
この間完成したばかりの曲を試しに歌ってみようかな。
コホンとひとつ咳払い。
大きく息を吸って、指でリズムを取りながら歌い出す。
伸びやかに、軽やかに。
昨日の放課後もここで歌ったっけ。
だけど、断然今の方が歌っていて気持ちがいい。
指でリズムを刻むだけでは物足りなくなって、手持ち無沙汰な手が勝手にコードを押える。
気持ちよく2番のサビを歌い出したその時、ガチャッとドアノブが回ってドアが開いた。
中から現れた人物にその場にいた全員が固まる。
「ひ、ヒバリさん…!」
「うげっ噂をすれば何とやらだぜ」
「…君達、また群れてるの」
雲雀さんは嫌そうに眉を顰めた。
そして彼らの中にあたしの姿を見つけると、一瞬だけ驚いたみたいで目を見開いた。
だけどすぐに口角を上げてニヤッと笑う。
「何それ。エアギター?」
雲雀さんが現れたのに驚いて宙でコードを押えたままだった手を背中に隠す。
見られた恥ずかしさと皮肉の混じった物言いにカーッと顔に熱が集まるのが分かった。
だけどあたしは雲雀さんから目を逸らさずにキッと睨んだ。
相手は最強の風紀委員長だ。
あたしなんかに睨まれたって痛くも痒くもないだろう。
それでも目を逸らしたら負ける気がして、意地でも睨んでやろうと思った。
その様子を面白そうに見て雲雀さんは笑みを浮かべた。
顔がいいだけにその笑い方は嫌味が倍増する。
「放課後、分かってるよね」
「…はい」
「なぁ、ヒバリ」
あたし同様雲雀さんを睨みつける獄寺の横で、ひとりのほほんと成り行きを見守っていた山本が彼に声をかけた。
「昨日も頼んだけどさ、意地悪しないで音ノ瀬にギター返してやれよ」
「ダメだよ。違反は違反だ。
それに彼女自身が僕の提示した条件を呑んだんだよ」
「そう固いこと言うなよ、な?」
「…例外は認めない。風紀が乱れるからね。
それとも…彼女の代わりに君が責任を取るかい?」
雲雀さんは不敵に笑って学ランから仕込みトンファーをちらつかせた。
ちょ、ちょっと…!
「山本、いいの。雲雀さんの言うとおりだから」
「でもさ…」
首をブンブン振って、いいのだと主張する。
あたしのせいで怪我なんかされちゃ困る。
山本は野球部なんだから。しかも近々試合があるって話だし。
彼はうーんと唸って頭を掻いた。
「話が済んだなら僕は行くよ」
雲雀さんは短く溜め息を吐くと、肩に羽織った学ランを翻し校舎の中に消えていった。
良かった…雲雀さん引いてくれて。
大事にならずに済んで、ホッと息を吐く。
噂に聞いていた雲雀さんの強さは昨日この目で確認済みだ。
暴力じゃなんの解決にもならないからね。
相手が歌えって言ってるんだもん。
可能性はゼロじゃない。
あの高飛車な風紀委員長にあたしの歌を認めさせて、ギター返してもらうんだ。
***
放課後、ホームルームが終わるとあたしは真っ直ぐに応接室に向かった。
そしてそこで待っていた雲雀さんの前で、彼を満足させるべく要求どおり校歌を歌ったんだけど…。
「君、本当にギター返してもらいたいの?」
どうしても風紀委員長はお気に召さないらしい。
もう何度歌い直したか分からなくなった頃、彼は深々と溜め息を吐いた。
溜め息吐きたいのはこっちの方だよ。
何度歌っても雲雀さんは首を縦に振らなかった。
どう歌えば彼が納得するのか分からない。
唯一のヒントは昨日言われた「さっきこの子と歌ってたみたいに歌ってよ」という彼の言葉。
だけど、その時の気分で歌っていたからどう歌っていたかなんて覚えていない。
ギターがあればまた違う歌い方も出来るかもしれないが、それは無い物強請りだ。
第一昨日あの黄色い鳥と歌っていた時、ギターは既に雲雀さんに没収されていて弾いていなかった。
歌うコトは好きだから、アカペラだってプレッシャーにはならないはずなのに。
この人の前では何故か喉が絞まって、歌い難い気がする。
何度も校歌を歌わされたからなのか、『雲雀恭弥』という人間に抱く恐怖心のせいか。
お昼休みに並盛トリオの前で歌っていた時は、もっと楽しく歌えたのに…。
歌えば歌うほど雲雀さんの表情は不機嫌になっていく。
どうしてあたしの歌は雲雀さんに届かないんだろう。
どうしてあたしの歌は雲雀さんに響かないんだろう。
どうしてあたしの歌は……
絞まった喉で無理矢理何度も歌っていたせいか、どんどん声が掠れてきた。
今までどんなに歌ったって声が掠れるコトなんてなかった。
校歌を歌う毎に悔しさが込み上げてきて体の中を駆け巡る。
逃げ場の無い気持ちがいつの間にか両の手に拳を握らせていた。
雲雀さんが巻いてくれた包帯は、昨日の帰り道イライラに任せて解き公園のゴミ箱に捨てた。
だからまだ治りきっていない掌に自分の爪が食い込んで傷を広げていく。
それでも拳を握らずにはいられなかった。
「…今日は何度歌ってもダメそうだね。もう帰っていいよ」
溜め息混じりに呟くとソファに座って聴いていた雲雀さんは、立ち上がって窓際の机に移動し何かの書類に目を通し始めた。
まるで遊ぶのに飽きた子供みたいな変わり身の早さだ。
それだけ自分の歌が雲雀さんに何の感銘も与えていないんだ。
「…失礼しました」
悔しさで更に絞まる喉から搾り出すように言って、彼に背中を向けた。
その背中に彼は「あぁ」と思い出したように声をかけた。
「…傷、ちゃんと手当しときなよ。ギター弾く時に痛いだろ?」
ギターを返す気もないクセにそんな台詞吐くんですか。
今振り返れば、きっと彼の綺麗な顔には笑みが浮かんでいるだろう。
……飛び切り意地悪な笑みが。
何を思ってあたしに歌わせるのかさっぱり理解出来ない。
彼にとってみれば、あたしは単なる暇潰しの玩具なのかもしれない。
ただあたしの中の悔しさがどんどん膨らんで。
挫けそうになる気持ちに抗って、もう一度「失礼しました」と言うのが精一杯だった。
2008.10.1
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