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- ナノ -

09


こ、困った…!

いきなり歌えって言われても、雲雀さんと遭遇しただけでも平常心じゃいられないのに。
しかもこんな至近距離で歌聴かれるなんて…!
ツナ達の前で歌う時はこれくらいの距離でも気にならない。
不思議と昔から歌う時に緊張はしない性質なんだけど、雲雀さんに聴かせると思うと余計な力が入る。
だって、行動の予測がつかなくて怖いんだもんっ

彼の指に止まっていた小鳥は主人の意図が分かるようで、あたしの肩に飛び移った。
そして一緒に歌おうと言わんばかりに「ナミモリノ〜♪」とさえずった。
雲雀さんはといえばすっかり腰を下ろして、給水タンクに背を預け聴く気満々の体勢だ。

うぅ…こうなったらもう一度覚悟を決めて歌うっきゃないよね。

あたしは彼を意識しないようにする為に、校庭に向かって立って目を閉じる。
背中に感じる威圧を無視して、何度か深呼吸をして恐怖心を身体の外に逃がす。

大丈夫。あたしは歌が大好きな音ノ瀬雅なのよ。
たとえ誰の前だろうと歌ってみせる。

意を決し大きく息を吸って、あたしは校歌を歌う。
あたしが歌い出すと肩に止まった黄色い小鳥も一緒に歌い出した。
可愛い声に励まされるように一生懸命に歌う。
何てったってギターが返してもらえるかどうかが懸かってるんだ。

3番まで歌い切って、恐る恐る雲雀さんの方へ振り返る。
彼は目を閉じていた。
その綺麗な顔にドキッとしたが、ゆっくりと目を開けた彼に結果を訊ねる。


「どう、でしたか…?」

「悪くないよ」

「じゃ、じゃぁギターは…!」

「……ついておいで」


立ち上がった彼はそう言うと、ひらりと下に飛び降りてしまった。
返してくれるってコトかな?!
まごまごしていると「早くしないと置いて行くよ」と雲雀さんの声とドアの開く音がした。
わー!待って!待って下さい雲雀様っ
慌てて荷物を纏め梯子を降りると、意外にも雲雀さんは開けたドアに寄りかかって待っていてくれた。


「す、すみません…!」

「…行くよ」


スタスタと歩く雲雀さんの後に続く。

どうでもいいけど、雲雀さん歩くの速い…。

小走りまで行かないけど、早歩きしないとついていけない。
長いその御御足のせいですか。そうですか。
まぁ厳しくて名高いうちの風紀委員長の前で廊下を走ったら、トンファーの一撃をお見舞いされそうで怖いから走らないけど。
雲雀さん、あたしを何処に連れて行くつもりなんだろう。
没収したギターを置いてある所っていうと……やっぱ応接室かなぁ。

予想通り、雲雀さんについて行くと応接室に辿り着いた。
応接室の前には見張り役だろうか、リーゼント頭に学ランを着込んだ風紀委員が2人休めの体勢で立っていた。
2人は自分達の主の姿に気が付くと、ビシッと姿勢を正した。


「巡回御疲れ様です!委員長」

「僕の留守中に何か変わったことは?」

「ありません!」

「そう。僕はちょっとこの女子に用事があるから、問題が起こったら草壁に回して。
 邪魔したら咬み殺すから。いいね?」

「承知しました!」


勢い良く返事をすると、風紀委員は再び休めの体勢に戻った。
うわぁ〜、雲雀さんってばゴツイ上に不良然とした風紀委員を仕切ってる…!
自分には関係ないと思って気にしてなかったけど、雲雀さんって噂どおり我が並盛中の頂点に立ってるんだ。
こ、こわ…。
っていうか、そんな雲雀さんともしかして応接室で2人きり…?!
ギター返してもらう為とはいえ、すっごい危険な気がするんですけど。
ヒョイヒョイついて来ちゃったのは失敗だったかもしれない…。
ひとりで勝手に考えを巡らせていると、雲雀さんはさっさと応接室に入ってしまった。

えぇい!相棒の為だっ

ふんっと気合を入れてあたしは応接室に足を踏み入れた。
中は応接室というだけあってソファが置いてある。
初めて入った…。
雲雀さんは窓際の机の引き出しを開けて、中から何か取り出した。
そしてそれをこちらに放る。
わわっ
あたしは反射的に両手でキャッチした。


「スカート…?」

「穿き替えて」

「…へ?」

「君の穿いてるスカート、校則で規定されてる長さより5cm短いからね。
 見たところ切って裾上げしてあるみたいだし、それあげるから穿き替えてよ」

「こ、ここでですか?」

「何度も言わせないでくれる?僕は穿き替えてって言ったんだよ」

「は、はいっ」


えええええーーーーー!!!
そ、そりゃ体育の時とか男子の前で着替えたりするよ?するけどさ!
そういう時は見えてもいいように一分丈のスパッツやらブルマ穿いたりしてるわけよ。
だけど、今日は生憎体育はなかった。
つまり、その、スカートの下は…ぱ、パンツだけなわけで…。
ジャージと違ってスカート下にスカートの重ね穿きってチャックがネックになって難しい。
出来ないコトはないけど、絶対ちょっと見えちゃう…!
しかも雲雀さんに着替え見られるとか、あ、ありえない……っ


「ねぇ、穿き替え終わったの」

「え?」


あ、あれ?雲雀さんこっち見てない。
あたしがひとりで考えに耽っている間に、彼は窓を開けて外を眺めていたようだ。
こっちを見ないように一応気を使ってくれた…?


「ご、ごめんなさい!今穿き替えます、すぐ穿き替えますっ」

「あんまり待たせないでよね」


慌てて穿き替える。
そうだよね、雲雀さんだってあたしのパンツなんか見たくないよね。
助かったような、女としては悲しいような複雑な気持ちだけど。あはは。


「終わりました。もう、こっち向いてもらって平気ですよ」

「…別に君の着替えを見ない為に外見てたんじゃない」


振り返った雲雀さんの顔はちょっとムッとしていた。
や、やば。
これ以上彼の機嫌が悪くならないうちに、さっさとギター返してもらって退散しよう。


「あの…雲雀さん、そろそろギターを返してもらえませんか?」

「何故?」

「えぇ!歌ったら返してくれるって言ったじゃないですか…!」

「返すとは言ってない。僕は考えてもいいと言ったんだ」

「そ、そんな…」

「それに君、さっきみたいに歌わなかったじゃないか」

「え…?」

「何か他のこと考えて歌ってただろ。いつもと声の感じが違ったよ」

「いつも…?」


いつもってどういうコト?
雲雀さんの前で歌うのは初めてのはず……。
一瞬ハッとしたように目を見開いた気がしたけど、雲雀さんはいつもの仏頂面に戻った。


「…兎も角ギター返して欲しいんだったら、僕の前でちゃんと校歌歌えるようにすることだね。
 そうだな…そのスカート代と今までの遅刻分も含めて、明日から毎日放課後ここへおいで」

「えぇ?!」

「僕がいいと言うまで校歌歌ってもらうから。
 …来なかったら君の大事なギターがどうなるか、分かるよね?」


うぅ…それって壊すってコトだよね…。
この人のコトだ。言ったからには絶対実行する。
風紀委員長のクセに姑息な…!人質ならぬ物質作戦ですか…っ
もしかしてこのスカートも計算の内?!
すっかり返してもらえると思ったあたしがバカだった…!
悔しくて思わず相手が雲雀さんであるコトを忘れて、キッと睨んでしまった。
それに気が付いたのか、こちらに視線を戻した雲雀さんは不敵に笑った。


「ワォ。小動物のクセにいい顔するじゃないか。今すぐギター壊されたいの?」

「―――ッ……分かりました。今日はもういいですか?」

「あぁ、帰っていいよ」

「色々ありがとうございました。失礼します」


精一杯声と怒りを抑えて一礼する。
踵を返して足早に出口に向かって、ドアの取っ手に手をかけた。
その時雲雀さんがクスッと笑った。

まるであたしの怒りなんて痛くも痒くもないというように。

自分の身体のどこかでブチッて音がした。
元々我慢強くないのよね、あたし。
クルッと振り返り窓辺に立っている雲雀さんにビシッと指差す。


「笑っていられるのも今のうちよ!雲雀恭弥!
 あたしの歌、絶対認めさせてやるからっ」


息巻きながらドアを力いっぱい開けて「失礼しましたっ」と言い捨てて、やっぱり力いっぱいドアを閉めた。
呆気に取られる見張りの風紀委員の間をすり抜け帰路につく。

くっそー!
ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムーカーつーくーっ!!!

包帯の巻かれた手をぎゅっと握り締める。
雲雀さんが巻いてくれた包帯…。
怖かったり優しかったり意地悪だったり、雲雀さんよく分からないよ…!
さっきまで怒りでいっぱいだったあたしの心は、ぐちゃぐちゃになって。
訳も分からず込み上げてきた涙を堪えて歩く。

―――風紀委員長雲雀恭弥…っ絶対に認めさせてやるんだからっ



2008.9.23


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