砂糖菓子一つ。

「和弘ぉー」

 昼休み。甘ったるい声が教室に響く。

「合いにきたわよ、ダーリン。」

「ん? はいはいハニー、よく来たね。」

 抱きつかれた和弘は、体よくいなしながらイヤホンを外した。 うげぇ、まーた始まったよ。



砂糖菓子一つ。



「ダーリン、何聴いてたの?」

「BUMPだけど。聴く?」

「和弘以外の男には興味ないわ」

「基準そこ?」

 無表情のまま音楽機器をいじくる。そのプレイリストを見て、彼の彼女は不満そうに声をあげた。

「ちょっとぉ、なんで女性ボーカルの曲入ってるのよ?」

「いーじゃん別に、好きなんだよ天野月子」

 今は天野月だけど。ファンなら誰でも知ってる話を、当たり前に和弘は呟く。それは私も知っているけど、御影はそう応えて拗ねた。

「他の女の声なんて聴かないでよ、今すぐ消してちょうだい。」

「えー……じゃあ御影、歌ってよ。」

 御影の頭を撫でつつ続ける。 録音してそれ、聴くからさ。

「あら、それくらいお安い御用よ。和弘の家行けばいい?」

「うんそうして。ってか今日来る?」

「行ってもいいの!?」

「泊まってく?着替えもってきなよ。」

 和弘はさらっと言うと次の授業の準備をしだした。次……数学科、くっそ寝るか。 御影はといえば、実に嬉しそうに和弘に頬を擦り寄せている。

「大好きよダーリン、行くわ、絶対行く。」

「はいはい、そろそろ放して。苦しいんだけど。」

 ええっと御影は媚びた声を出した。 嫌よダーリン、抱きついてたいわ。

「一旦離れて。」

「___分かったわよ。」

 渋々、といった具合に、御影は彼から身を剥がした。そのままいじけるようにそっぽを向く。そんな彼女の後ろ姿に、今度は彼が歩み寄って。

「ひゃあっ!?」

「ほら、僕が抱きつけばいいでしょ?」

 俺の親友は恋人に抱きつき、耳元でそう囁いた。 わっる顔してんなオイ、このタラシが絶対わざとだろ。

「抱きつかれるのも嬉しいけどさ。僕は抱きついてたいな、御影。」

「かっかかかかかか和弘がそうしたいなら私は、」

「御影、嫌かな?」

 いっ嫌なワケないわ!! 御影の顔は消火器並みに真っ赤っかだ。笑うなよ、消火機って相当赤いぞ。

 糖度の高すぎる会話に飽き飽きして下を向く。俺は本を開きつつ深い深いため息をついた。

「あんのバカップル………」

「本当うんざりしちゃうよね」

「あ?悠、いたのか」

 えっちょっ何それ!! 悠は涙目で叫びながら立ち上がった。俺ずっと隣にいたじゃん!!

「悪ぃ、興味ねぇから気付かなかった」

「興味ないって何に?」

「お前の存在に」

「ねぇそれ人格してない?ひどくない?俺ら親友じゃなかったっけ?」

 まぁ、いいや。悠は深いため息をついた。 虎が俺にひどいのは、今に始まったことじゃないしさ。

 そんなこと言ってっからいつまでたってもいじられるんじゃね? 思ったけれど、言わないでおく。こいつはこういう扱いでよし。

「あのバカップルどーにかなんねーのかよ」

「も…教室でいちゃつかないでほしい……」

 あーあ、俺も彼女欲しいなあ。悠は切ない声をあげた。 二人見てると、みじめになるよ。

「いーじゃんお前、兄貴いるんだろ?」

「うんいるけどお兄ちゃんだよ? 俺が欲しいのはか、の、じょ!」

「んなもん、好きな人作ってから言えよ。」

「……ですよねー。でも俺だっていちゃいちゃしたいよ!!」

 悠はしゃがみ込んで呟く。俺は疑問に思いながら返した。

「だから柳さんいるだろうが」

「あのさぁ虎勘違いしてない?俺ら普通に兄弟だからね?」

 兄弟、と言ったって。俺は和弘に聞いた話を思い出した。 あれは兄弟のメール内容じゃない。

「___それに最近、美澤さんとばっか一緒にいるし。」

「あーあの二人な。いっつも一緒だよなぁ。」

 俺は柳さんが結構好きで、カッコいい大人だなぁと憧れてたりするのだが。どうも美澤さんは素直に褒める気になれない。とはいえあの人、時々だけど、カッコいいから……ずるいんだけど。

「俺ちょっと寂しいっていうかなんていうか。美澤さんに嫌われてる気もするんだよ。」

「そりゃ好きではねぇだろ」

「やっぱりぃ!?うわ、何でかなぁ……」

 何でも何も、お邪魔虫だろ。言いかけて思いとどまった。 もしかしてコイツ気付いてないか?

「さっすがお前鈍感だわ………」

「へ、何が?」

「何がじゃねーよお前馬鹿じゃね? 一緒に住んでて気付かねぇとか、お前どこ見て暮らしてんだよ。」

 ちょっと見てりゃあ分かるだろうに。 あの二人、完全に付き合ってるだろ。

 本当は気付いてんのかも。ただ認めたくないだけで。

「どこ見てって、兄さんだけど」

「うっわお前気持ち悪ぃよ」

「ねー虎、もうお前でいいよ付き合おう?」

「そこまで来ると病気だぜ。誰でもよくなってんじゃねぇか。」

 愛が!!愛が足りないの!!! 悠はいきなり机を叩いて。

「寂しくて死にそうなんです!!」

「そうかそうか独りで死んでろ、俺は本読んでっから。」

「ちょっとぉ虎ぁー」

 見捨てないでよ。悠はがくがく俺を揺さぶる。クソうざってぇ本が読めねぇ。

「んだよめんどくせーな!!」

「虎が俺のこと無視するからじゃん!!」

「てめぇも本でも読んでりゃいいだろ!?邪魔すんじゃねーようざってぇ。」

「えー俺本とか読まないし……大体持ってきてないし。」

 じゃあこれ、貸してやっから。バッグの中からもう一冊取り出す。

「何コレ、外国文学? 虎って案外文学少年だよね」

「似合わねぇって言いてぇのか? そ、『ミザリー』。有名なヤツだし一回読んどけ。」

 思いついて、にやりと笑う。 言っとくけどそれ、むちゃくちゃ怖ぇぞ。

「えっちょっ、虎でもそう思った!?」

「おう、ぞっとした。」

「うそぉ……あっでも、虎って幽霊モノ苦手じゃなかった?」

 ぎくっとする。 くっそ図星だ。

 『ミザリー』は美澤さんに借りたんだけど……本当は『シャイニング』借りるはずだったんだ。冒頭で無理だったんで返した。嫌な記憶だ。

「いや、えっと____つか大体それ幽霊モノじゃねぇし、」

「そーだそーだ思い出した!!虎だけ参加しなかったよねー百物語。一つ話してあげよっか?」

「はぁ!?ちょっやめ、」

「あのね、あるところにね、赤い靴はいた女の子がいたの。」

 あーあーあー。耳に指を突っ込んで塞ぐ。それでも聞こえてくるので今度は指を出し入れして誤摩化す、と、そのうち慣れてきちまって聞き取れるようになってきた。ちくしょう、

「てめぇ黙らねぇとイヤホンすっぞ!?」

「やっそれはやめて傷つくから!!」

 黙って悠を睨みつける。悠は両手を合わせて謝った。 指を外す。

「調子乗ってんじゃねーぞ?」

「ごめんなさい……」

 ずぅん、悠のテンションが沈む。やっと本が読めそうだ、と思った矢先____また闖入者が現れた。

「おっ兄様ぁーーーーー!!いらっしゃいますかぁ?」

 ウソだろ?俺は本を開きかけたまま固まって。 最悪だ、続き気になんのに。

「あっいらしたー!お兄様、何読んでらっしゃるんですかぁ?」

 浮き立つような足取りで俺に近付く礼音を見て、御影が眼を見開いている。 なるほど、会うのは今日が初めてか。

「本読みてーから出てってくんねぇ?」

「わぁひどい、せっかく会いに来たのにぃ!! カバーついてて分からないや、タイトルは?」

「夏への扉」

「あーあの、柳さんに借りたっていう?」

 何で知ってんだ、と引きつつ問うと、メールで教えてくれたでしょと返事。 そーいやそうだった、一昨日の夜中のアレか。

「あ、こんにちはー市羽目悠さん。二度目ましてな感じですかー?」

「多分二度目ましてだね、こんにちは。 何かキャラ変わっちゃってない?初登場時の悪役オーラどこ行ったの。」

「あれは若気の至りですよぅ!ボクもう立派に仲良しですからぁ。」

 ねーお兄様? 両肩に両手が置かれる。

「仲良しじゃねーよ、嫌いじゃなくなっただけだ」

「お兄様ったらひどいなー、でもま、本当は優しい人だって分かっちゃってますけどねー。」

 礼音はにこにこ笑いながら言った。 ちっくしょ、照れる。

「いい加減なこと言いやがって、」

「あっれぇお兄様照れた?照れました? 分かりやすくてかわいーなーボクお兄様好きですよ」

「てめぇ厭味しか言えねぇのか?」

「厭味は虎も同じでしょ。」

 口を挟んできたのは和弘だ。 相変わらず御影が纏わりついている。蛸みてぇ。

「よぉ和弘、四六時中お熱いこって。」

 言ってるそばから、と、和弘は呆れ気味に応えた。 礼音が不機嫌な顔で和弘を見る。

「お兄様ぁ、ボク和弘さん苦手です。」

「知らねーよだが気持ちは分かる」

「お前どっちの味方なの?」

 あら、構わないじゃない。御影は和弘にぎゅっと抱きつく。 あなたは私が、愛してあげるわ。

「重いよ御影……」

「あらひどい、私食事には気を遣ってるのよ?」

「そういう意味じゃねーよ。その点でいうとむしろ軽い、君は。」

 愛が重いっつってんの。和弘は無表情で続ける。 そういうとこも、かわいいんだけど。

「人前でノロケてんじゃねーよ……」

 辟易して呟けば、悪いねと軽く返しが来る。 いつからこんなになったかなぁ。

「昔はもっとマトモだったのに……」

「昔の虎はいい子だったよねー。あぁ懐かしい戻ってこないかな」

「お前さぁ、脳外科医行ってトレパネーションしてもらえよ」

「ショック療法のつもりですか?頭蓋に穴開けるなんてお断りだよ。」

 軽口を叩きつつ、何だかんだ変わってない親友に気がつく。昔から、こいつは頭おかしくて最悪でわがままで、俺はいっつも振り回されっぱなしで。それでも一緒にいたくなる。変な野郎だ。

「ちょっとぉダーリン、虎と仲良くしないでちょうだい。」

 御影が頬を膨らませる。 仲良く、ねぇ。んなこと言われても。



 今さらすぎてどうしようもない。




幼なじみのちょっとした優越。



2011/02/04:ソヨゴ