専用ってことで。

「おはよー。」

「よう。遅ぇな和弘。」

「うっさいな、君が早起き過ぎるんだ。老人か君は。」

うっせぇな。じっちゃんのせいで早起きになっちまったんだよ。輪払は顔をしかめた。

「……あ、今日なんの日か知ってっか?和弘。」

「は?2月14日?なんかあったっけ。」

「_____お前、この手のイベントに疎そうだもんな。つか、疎い。」

「……強いて言うなら、平将門が流れ矢に当たって死んだ日だったと思うけど……」

「そうだったの!?」

「え?そういうことじゃないの?じゃあアメリカ・ハワイ合併調印の日って事?マニアック〜」

「マニアックなのはお前だ!!この歴史マニア!!」

「あ、分かった!月刊誌『主婦之友』創刊の日でしょ!」

何でてめぇがんなこと知ってんだ!違ぇよ、全然違ぇ!!せめて初の箱根駅伝の日とか言え!

輪払は若干半泣きで怒鳴った。え、何で?

あ、そうだったねそういえば。戸惑いつつ返すと、さらに輪払は動転した。

「これも知ってんのかよ!俺結構びっくりしたんだぞこれ知った時!……てか、ここまで色々知っててまだ分からねえのか、一番有名なのに。」

「_____分からない、降参。」

「バレンタインデー!!」

「____あ。」



専用ってことで。



「え?じゃあ何?僕はチョコが貰えるの?」

そう言って輪払に手を差し出すと、輪払は勢いよく僕の手を叩き落とした。

「いった!何すんの!」

「バレンタインデーってのはなぁ、男が女にチョコ貰う日なんだよっ!最近は友チョコだのなんだの色々あるが、女が誰かに渡すもんなの!俺にはんな趣味はねぇよ!!」

はぁっ、と怒りのこもったため息をつくと、輪払は呆れたような目で僕を見た。

「とにかく、お前以外には関係ない行事だ、今は。」

「何で?」

「みーかーげー!」

「……ああ。」

ったく、やってらんねぇ。

呟いて、輪払は教室の戸を開けた。

「? どこ行くんだ?」

「ちょっくら武器の調達に、音楽室行ってくる。」

「指揮棒でも使うつもり?あ、ドラムのバチ?」

でも人なんか殺せるかな。言うと、虎は僕を鼻で笑った。

「んなもん武器になるかよ……もっと重いもんがあるだろ。」

悪い顔で言い返して、輪払はさっさと出て行ってしまった。

ふーっと小さく息をついて、反対側をみる。と、御影もこそこそと教室を出て行こうとしている。

「? 何やってんの、御影。」

「おわああああ!……お、おはよう和弘。」

おはよう。随分慌ててるなあ、と冷静に思いつつ、返す。

「た、大したことじゃないのよ。わ、輪払くんと一緒よ、武器の調達。」

「モップがあるじゃん。」

「そっ、そろそろ壊れそうだから。じゃね!」

いつもより若干早口でそう言うと、御影はそそくさと教室を出て行った。





「ノっ、ノユノユ!!」

「ん〜、む〜、まだねてたい……!」

ひとしきりうなった後、次の瞬間ノユは私にナイフを突きつけた。

まあ、そこは慣れたもの。私は近くに転がっていたペン三本で受け止める……あ、片方が三本よ。合計六本。

「____あ、なんだみーみーか。どしたの?」

「今日なんの日か分かる?」

「ん〜?……ああ、バレンタイン?」

「そ。プレゼント、どうしましょうか。」

女子はこの子しかいない訳だし。もちろん、和弘以外のためにチョコなどくれてやるつもりはない。

「チョコあるの?」

「家庭科室か職員室か給食室にあるんじゃないかしら?」

「なかったら、どうしよ。」

ノユノユは眠たげに目を擦った。

「それはまた考えましょ。」

「わかった。じゃ、上きるね。」

………そう。

この極寒の中、ノユはいっつもパンツ一丁で寝ている

子供だから許されるというか、許されないというか。

「ジュンビOK、れっつらごー。」

ノユは気怠くそう言うと、さっさと教室の戸を開けた。





「……くまなく探さないとだわ。」

「くまなくさがさないとだね。」

私達は家庭科室に来ていた。

(……調理実習で確か、カップケーキとか……去年の今頃、作った覚えあるんだけどな。)

「ノユはこの学校のことそんなにしらない。みーみー、みーみーがセンドウしてね。」

「そうね。ええっと……確か、食材はこの戸棚の辺りに……」



=十分経過=



「あれ?こっちだったかしらね……」



=三十分経過=



「あれー?じゃあ、こっち?」



=一時間経過=



「みーみー……まだ?」

「_____あーもうっ!広すぎよこの教室っ!」

そう。

家庭科室は、調理実習を何故か学年合同で行う為、半端ない広さになっているのだ。

まあ、ざっと、この学校の校庭の半分くらいはある。

そしてこの学校の校庭は、ここで正式な形でのサッカーが出来るような広さだ。

……どのくらいの規模か、大体察しは付くであろう。

「何で家庭科にそんな力入れてんのよっ!この学校!」

「それは、我が校が生徒の自立と古き良き日本の復旧をモットーにしているからであり……」

「ちょっとノユ、口調変わってるわよ!乗っ取られてる乗っ取られてる!誰に!?」

「はっ、失礼。噛みまみた。」

「お前かーーーー!ってこのネタ、化物語読んでないと分からないじゃない!バカ!作者のバカ!」

ってか作者って誰よ!?私も乗っ取られてるわ、マズいマズい。

「まあそんなザレゴトはともかく、そろそろほかの教室行こうよみーみー。」

「……そうね。じゃあこの戸棚で最後にし、て……」

その途端、漂ってきた甘い匂い。

「___あ。」

「あ、あった!!」

探し求めていた、チョコレートの山が、そこにはあった。



「……随分探してたんだね、御影。」

「あーうん、えーっと、まあ色々とね……」

「___ごめん御影、隠れてないよ……というか、教室に入るの?それ……」

僕の目に見えていたのは、御影と、御影の三倍はある大きな茶色のハート。

「いっ、一生懸命探して、やっと見つかったチョコだから、つい……全部、使っちゃった☆」

「語尾に☆を付けるときはそれらしい表情をしようよ!動いてないぞ顔!」

……とは、言っても。

いつもより頬が赤い。

「もしかして、あの無駄に規模のでかい家庭科室にあるチョコレート、みんな使ったの?」

「うん……」

「……まあ、そのサイズで済んだってことは、カップケーキの授業は終わってたんだろうね。」

余りって訳だ……余りか!?どんだけ余分に蓄えてんのうちの学校!!なに?大量生産でもするつもり?打倒明●!ってなに言ってんだ僕は。

「ま、まあいいや……うん。ありがとう。」

「みんなで食べましょうか……ノユちゃんも作ったのよ、これ。」

うむ、その通り。さりげなく、ノユちゃんも現れた。

「じゃあ、ノイ君起こして、輪払を待って、みんなで食べようか。」

うぃ、分かった、と言って、ノユちゃんは御影からチョコを受け取ると、軽々片手で運んで、ノイ君を起こしに行った……やっぱすごいな、あの子。

「あ、手、ベトベトだわ。」

御影が言った。なるほど、御影の手には、体温で溶けたチョコレートが、べったりくっついている。

「トイレで流してこようかな。」

僕はちょっと考えて、それから、トイレに行こうとする御影の腕を掴んで引き止めた。

「おわっ……どうしたの、かずひ」

そんでもって僕は御影の手を、ぺろり、と舐めた。

「え……ちょ、ちょっと和弘!」

「やっぱりね、恋人からは、個人的にチョコ貰いたいから。みんなで一緒のチョコは、イヤだな。」

「……つ、つまり。」

「_____この手は、僕専用ってことで。いい?」

そう言って、れ、とまた少し、舐め上げようとすると、御影は小さく震えながら、

「……特別に許すわ。私の和弘だもの。特例よ?喜びなさい。」

と、真っ赤な顔で表情だけはいつもの御影らしく、言った。

「………はいはい。光栄です、女王様。」

ニッ、と僕が笑うと、御影はふい、と顔をそらした。





「ねえ、行ってはいけない雰囲気が漂いまくってるけど、どうしようか、二人とも。」

「____てめぇですら分かんのか。すげぇピンクオーラだな、あの二人。」

あーあ。何だか見たくない光景だなぁ。一応アイツ、俺の幼なじみなんですけど。

「まあ、ここでちょっとずつかじりながら、待てばいいんじゃない。」

「あ、ねーノユ、和弘君の真似して、ノユの手舐めてもいい?」

「ウザいしキモいだまれロリコン。」

「にーやんとすら呼んでくれないっ!?」

「うわー……引くわー、シスコン。」

「え、ちょ、輪払君視線が痛いよ!」

「うっさい、だまれにーやん。とらっち、そのギターでなぐっちゃえば?多分だまるよにーやん。」

「永久にでしょ!?ちょ、やめっ、ギター構えないで輪払君!」

その時、向こうから発せられた声。

「「限りなく邪魔なんだけど、三人とも」」

「「「………なんか、すいません。」」」



こんにちは、ソヨゴです。乙女チック全開の御影ちゃんでごめんなさい。そして、大胆なことするわりに和弘君ったら鈍感。がんばれ御影!



……和弘のチョコレート好きっていう設定を使えなかった気がする。