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とりとめのない小品

ボクサー派の男の話

パンツの日(八月二日)
イチャイチャすらしてない話
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俺たちの夏は終わった。
呆気なく。







なんちゃって。

あちーのはこれからが本番だし、まだまだ始まったばかりの夏休みには当然のように毎日部活がある。
炎天下のグラウンドは、たまに死ぬかもなあって思う位に地獄だ。

ってか、日本家屋って凄えのな。
生まれた時からアパート住まいの俺にとっては物珍しい室内をぐるりと見回す。
窓全開なのに何故か暗い。
それから涼しい。
古くてモーターから異音がする扇風機の前に陣取ると、外の暑さが嘘のようだ。
半透明の青緑のプロペラに貼ってある白いシールが高速回転するのを目を細めて見つめる。

「あーあーあーあーあ、っでっ」

頭に微妙な衝撃。
犯人は分かり切ってる。
この家の住人、俺の友達。

「あ、悪りい、坊主って叩きたくなるよな」

「てめえも……!」

勢い良く振り向くと目の前がパンツだった。


……?


パンツ。

グレーのブリーフ。
中心に、しっかりブツが収まってるのがよく分かるブリーフ。
どアップの。
ブリーフ。

「…………ぞりぞりするのやめれ」

「昨日刈ったの? 気持ちイイ」

綺麗に腹筋が浮かぶ腹から、厚い胸、その白い体の上の真っ黒に焼けた坊主頭へと視線を持ち上げる。
細めた目の間に黒曜石のような瞳が輝き、微かに持ち上がった口角から白い歯が零れた。
爽やかだ。
イケメンだ。

だがパンイチだ。

坊主頭をグリグリとしつこく触ってくるデカい手は無視したまま、視線を扇風機に戻す。

「なんでパンイチな訳」

「あちぃし」

「窓、全開だけど」

「ん?」

気配が動いて、俺の右横が少しだけ暑くなる。
同じ高さまで下がった顔が傾げられた。
それに気を取られている隙ににプロペラの後ろのスイッチが押し込まれる。

「あっ」

首を振る扇風機。
振られた気分だ。
浮気者め。

「独り占めすんなよ」

「パンイチなら涼しいんだろ」

「あちい」

「意味ねえじゃん」

「脱いだ方がまし」

「じゃよこせ。服着てる分俺のがあちい」

人ん家とか関係ねえし。
そこは遠慮とかしてらんねえし。
隣の剥き出しの肩を、汗だくの制服のシャツを纏った肩で押す。
ぺとりと肌に張り付くシャツは扇風機の風で冷たくなったけど、でも、気持ち悪りい。

「脱げは?」

パンイチ野郎がさらりとのたまう。

「脱がねーし」

「何で?」

「何で、って」

肩同士で小競り合い。
畜生、もりっとした三角筋が超かっけえ。

「窓開いてる」

「垣根あるし、外から見えないよ」

「人ん家」

「夜まで俺しかいない」

「……」

「脱げば?」

片眉をあげて誘う口調は普段通りで、別に深い意味なんてないんだろう。
ないよな?

部室での着替えでお互いの裸なんて見慣れてる。
筋トレで筋肉見せあったり、上半身脱いだままストレッチしたり。

見慣れてる。
けどさ。

「んじゃ、上、行く?」

「へ?」

「部屋、俺の」

「あ、ああ」

部屋の真ん中に置かれた重たそうな机の上で、麦茶の入ったグラスが汗を流している。

ここで、やるんだと思ってた。
課題。
お互い分かんねーとこ教え合おうぜって。
今日は顧問のハチセンの都合で午後から部活が休みだから、ちょうどイイしって。
部活帰りにバーガー食って、で、こいつん家にきた訳だ。

「別にここでもいいんだけど」

「あ、うん」

「俺の教科書とか、参考書とか、部屋にあるから」

行くとも行かないとも俺は答えてないのに、隣の気配はさっと動き出して扇風機のスイッチがパチンと押された。
しゅん、と動かなくなったプロペラを名残り惜しく見つめていると、おい、と声がかかる。
麦茶の乗ったお盆を持ったパンイチが俺を見下ろしていた。

「こっち」

「……ん」

別に、どこでもいいんだけど。
どこでも、こいつ家だから、こいつと同じ匂いがして、二人っきりで。
どこでも一緒だけど。
だけどさ。

落ち着かない。

好きだって言われた。
言われた、気がする。
ごまかした。
聞こえない振りした。
あの日から、ドキドキして、落ち着かなくて、なんかよく分からないけど、これってなんなの?
あの日からこいつの事が全く分からなくなった。

ゆっくり階段を上って行く白い背中をじっと見つめる。
あ、傷跡。
子供の頃階段から落ちたって言ってたヤツ。
この階段、かな。

「どーぞ」

「どーも」

部屋に。
一歩足を踏み入れる。

「…………あっ……つ!!!」

ぶわーっと体にまとわりつく熱気。

「あっつ!! あっつ!!」

あり得ねえ。
サウナかってくらい、暑い。
暑いってか……熱い。

「今窓開けるから」

「下行こう、やっぱ下がイイ」

「すぐ風通るって、扇風機もあるし」

「あちい! 無理」

「じゃ脱げば?」

「……な?」

思わず動きが止まった俺に、出入り口に立ちふさがったパンイチがニヤリと笑う。
ふざけた成りなのに笑えない。

ええと?
何それ?

「二階だから外から見えないし、ここ、俺の部屋だし、二人きりだし。あちいだろ? 脱げばイイじゃん」

イイじゃんって。
いや、そりゃ、そうなのかもしれねえけど。


え?

なにこれ?


たらり。
今頬を伝った汗は、冷や汗か?





もしかしてだけど。

俺って、今、ピンチ?


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