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とりとめのない小品

戦場を翔ける男の話

シリアスめ。
エロはないです。が少しだけグロテスク?
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そこは戦場だった。
見渡す限り、敵、敵、敵。
笑いが漏れてしまう程に見事に敵だらけ。
味方などどこにもいない。
背中を預けた相手に剣を突き立てられる、なんてエンディングはお決まり過ぎて戯曲にもならない。

止まったが最後。
再び踏み出せるかどうか、累々と横たわる成れの果てを見れば結果は碌なもんじゃねえだろうと思う。

ぬるりとした汚らしい液体で滑る剣は重く、落とすものかと一層強く右手に握りしめる。
俺の武器はこれしかない。
装備?
んなもの、ある訳ない。
何の準備もなく始まった戦い。
読みが甘かった。
うん、それは認める。
まさかこんな事になるなんて。

左の手に包み込んだ恋人の手をぎゅっと握る。


信じられるのはこの優しい手だけ。
俺を選んでくれた、俺が選んだこの手だけが。


俺の左手を握り返す温もりに励まされた心がまた右手の剣を振り上げる。
目の前にゆっくり崩れ落ちていったヒトだったものの飛沫が、俺のはだかの足を汚した。


行こう。


行こう。

安息の地へ。

きっと、きっと、どこかにあるはずだ。

俺たちが幸せになれる場所が。

幸せに暮らせる場所が。


それまで。
そこまで。

進まなくては。


「?」


前を睨みつけた俺の頬に、何かが触れた。
それはとても微かな、優しく、懐かしい感触。

思わず灰色の空を仰いだ俺の頬を擽るのは。



──ああ、真っ白だ。



美しい結晶。
あんな汚れた空から落ちてきたのに、何故こんなに綺麗なんだろう。

「ユキ」

君と同じ清らかな名前。
その名に相応しい可憐な笑顔を、脳裏にいつも輝く笑顔を、振り返った。

「……っ!? きっ…!?」

いない。

いない?

「ゆ、き……?」

ユキが。
そこにいるはずのユキが。

ユキ……



ユキ…?

ユキ?

ユキ? ユキ? ユキ? ユキ?

なんで?

ユキ?

いない?

ユキ?

そんな、そんなバカな。

ずっと、ずっと一緒にいようと。
離れはしないと。
あの日そう誓った。
誓ったはずだ。
そうだろう?
間違いなく君はそう言ったじゃないか。

なのに。

いない?
何で……?

ユキ?

俺のそばに。
いない。

いないと。

──危ない。

そう、ここは戦場だ。
君に危険が及ぶ。
君を守るため、俺は剣をとった。
俺から離れたら危ないだろう?
だからきつく手を……ああ、そうだ。





手を繋いでいたんだ。




君の手を。
ぎゅっと、ぎゅっと、強く。


硬く握りしめた左手の指をひとつひとつ開いていく。
強張った関節がみしみしと軋んだ。

「……っ!!」

手のひらの中に包まれていたのは。
そこにあったのは。

「……ゆ、き?」

古ぼけた木片のような欠片。

「ユキ……?」

ユキだった、ユキの一部だった"モノ"。

「……ぁ、……ぁ……」


確かに感じていた温もりは、俺の。
俺の熱が移っただけだと。

握り返すのは、硬く固まった君の遺した優しさだと。


「あ……、ぁ、ぁ、」


何故、振り返らなかった。

俺は。


君を振り返らなかった。



「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ」




振り返らなかった。
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