まものの心
二寸の恋心B
07

 えー可愛いかったよ。

 ありえません。

 可愛かったってば。

 おかしいのは目ですかね。頭ですかね。いっそ潰して再生されてはいかがです?

 今も小さいけど、もっと小さくてさー。

 舌ってどの位で再生されましたっけ?

 あーあ、懐かしーなー。もう一回抱いとくんだったなあ。

 紛らわしい言い方しないでください。気持ち悪い。

 あー。撫で回したい。愛でたい。ぎゅむぎゅむしたい。

 ハイ、セクハラー。もう、いいから仕事してください。

 スリスリしたいよー。なでなでしたいよー。

 ハイハイ。ないわー。

 君の伴侶だってきっとそう思ってるよーう。

 ハイハイ。ないわー。

 素直になれないだけなんだってー。

 ハイハイ。

 うーんと、後退、だと、体に負担が大きいかな。メモリーからトレースして定着のが無難? 大きさとか触感も大事だし、その辺ちょっと気をつけなきゃね。

 ハイハイ──って、ちょっと? え? 何を……!?

 
 昨日の不毛なやりとりがキノの頭をよぎる。魔王様におかれましては、せめて一言あってから人に魔法をかけていただきたい、とこれまでにもキノは言っているはずで、それこそ耳にタコができるほど何度も言って聞かせているはずで、それが未だに果たされないのは己の力不足以外が原因であるとして良いだろう。キノは一つ大きくうなずいて、さてそれでは、と声を上げた。

「今より暫くの間、休暇をいただきますので」

 よろしくお願いいたします、とキノはニッコリ三日月の視線で机上の書類の山を示す。その麗しい顔と机の間を魔王の顔がゆっくりと三往復した。

「……聞いてないよ?」
「今言いました」
「無理だよ」
「何がですか?」

 苦笑する魔王に、キノはこてり、と不思議そうに首を傾げてみせる。羽化を遂げてから身に付けたスキルはハイルには好評だったのだが、残念なことに魔王にはウケないらしい。

「ふふ。駄目だよ。こんなの僕にできるわけないじゃない」

 完全にスルーしたうえ、更には頑是ない悪戯をたしなめる聖母のようにキノの頭を撫ぜた。正直な話、キノも魔王が書類仕事をこなせるとは思っていない。しかし、できるできないではなく、やるしかないのだ。ならぬは人のなさぬなりけりだ。あれなんだっけこのフレーズ、とキノが思考を飛ばし始めたところで、魔王の執務室にノックの音が響いた。暗い色の木材で作られたいかにも重厚な魔王の執務室の扉に二対の視線が吸い寄せられる。

「! どうぞ!」

 扉に施された無駄に繊細な意趣の向こう側に愛しい存在を見つけたキノが、主の承諾を得ることなく入室を許可した。
応えに続いて、威風堂々といった体の北方将軍ハイルが入室した。小さなキノと痩身の魔王の二人きりであった室内は、偉丈夫の登場で圧迫感を増す。そのどこか満ち足りた気配がカサ増してなんとも暑苦しいオーラを放つハイルとは、つい先程決死の覚悟で別れてきたばかりのキノある。しかし、希望としては、願望としては、できることならば一秒たりとも
離れていたくない、ああ、コバンザメになりたい、イソギンチャクに、フジツボに、と今日も元気に粘着質に、黒い獅子の魅力に惹かれてやまないキノは、心理的にも物理的にもその欲求に逆らうことなくフラフラと引き寄せられていった。
 形式通りの礼を取りかけていた巨躯のぶっとい二の腕に、キノが頬を押し付ける。手があればただ触れていただろうけれど、今はないのだから仕方がない。いや別に、頬ずりしたかったとかではないのだ。決して。

「もう良いのか?」
「ええ。ええ」

 いつになく甘ったるく聞こえる低い声に、キノはうっとりとしてコクコクと是をアピールする。早く二人きりになりたい。この時の二人の思考は間違いなく共鳴していた。キノの細い腰を、ハイルの大きな掌が支える。二人を隔てる分厚い布地が憎らしくて、キノは心の内で切なさに喘いだ。

「お二人さん? 無視? 僕、魔王だよー?」
「では、私は帰らせてもらいます」
「いやいやいや、待って。ツッコミもスルー? 無理だよ? 無理でしょ? これ」

 これこれ、と書類の塔の天辺を何度も叩いてみせる魔王にハイルは改めて膝をつく。対してキノは、曖昧に微笑んで頑張ってくださいと僅かにも心のこもらない応援をするばかりである。たまには困ったらいいのだ。日頃、周囲を引っ掻き回しているのだから。

「そうはおっしゃいますが、私の方こそ『無理』なもので」

 キノが余りに余っている袖の布地をぷらぷらと振ってみせると、その不自然な様子に、魔王がはっと目を見張り顔を顰めた。


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