まものの心
二寸の恋心B
06

 えー可愛いかったよ。

 ありえません。

 可愛かったってば。

 おかしいのは目ですかね。頭ですかね。いっそ潰して再生されてはいかがです?

 今も小さいけど、もっと小さくてさー。

 舌ってどの位で再生されましたっけ?

 あーあ、懐かしーなー。もう一回抱いとくんだったなあ。

 紛らわしい言い方しないでください。気持ち悪い。

 あー。撫で回したい。愛でたい。ぎゅむぎゅむしたい。

 ハイ、セクハラー。もう、いいから仕事してください。

 スリスリしたいよー。なでなでしたいよー。

 ハイハイ。ないわー。

 君の伴侶だってきっとそう思ってるよーう。

 ハイハイ。ないわー。

 素直になれないだけなんだってー。

 ハイハイ。

 うーんと、後退、だと、体に負担が大きいかな。メモリーからトレースして定着のが無難? 大きさとか触感も大事だし、その辺ちょっと気をつけなきゃね。

 ハイハイ──って、ちょっと? え? 何を……!?

 
 昨日の不毛なやりとりがキノの頭をよぎる。魔王様におかれましては、せめて一言あってから人に魔法をかけていただきたい、とこれまでにもキノは言っているはずで、それこそ耳にタコができるほど何度も言って聞かせているはずで、それが未だに果たされないのは己の力不足以外が原因であるとして良いだろう。キノは一つ大きくうなずいて、さてそれでは、と声を上げた。

「今より暫くの間、休暇をいただきますので」

 よろしくお願いいたします、とキノはニッコリ三日月の視線で机上の書類の山を示す。その麗しい顔と机の間を魔王の顔がゆっくりと三往復した。

「……聞いてないよ?」
「今言いました」
「無理だよ」
「何がですか?」

 苦笑する魔王に、キノはこてり、と不思議そうに首を傾げてみせる。羽化を遂げてから身に付けたスキルはハイルには好評だったのだが、残念なことに魔王にはウケないらしい。

「ふふ。駄目だよ。こんなの僕にできるわけないじゃない」

 完全にスルーしたうえ、更には頑是ない悪戯をたしなめる聖母のようにキノの頭を撫ぜた。正直な話、キノも魔王が書類仕事をこなせるとは思っていない。しかし、できるできないではなく、やるしかないのだ。ならぬは人のなさぬなりけりだ。あれなんだっけこのフレーズ、とキノが思考を飛ばし始めたところで、魔王の執務室にノックの音が響いた。暗い色の木材で作られたいかにも重厚な魔王の執務室の扉に二対の視線が吸い寄せられる。

「! どうぞ!」

 扉に施された無駄に繊細な意趣の向こう側に愛しい存在を見つけたキノが、主の承諾を得ることなく入室を許可した。


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