まものの心
二寸の恋心B
08
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 キノの両の腕は欠落している。蝶は手足の代わりとなる触手などを持たない。低級の魔物であるからして魔力も弱ければ、技量も足りず碌な魔法を使えない。
 つまり、書類仕事をしようがないのだ。

「生えたら戻ってまいりますよ。」
「はえ……それは、えっとどのくらいかかるの?」
「さて。このどのくらいになるか……」

 これまで何度も手足を欠損してきたキノだが、今回の左腕のようにほぼ全てを失ったことはない。手首の先程なら2日もあれば元に戻ると実績で分かっているのだが。
 魔王は不安そうに瞳を揺らすが、キノはあからさまにそれをシカトする。ここで甘い顔をしてみせたらこの魔王のことだ、更なる悪質ないたずらに周囲が巻き込まれることになるのは必至。たまには反省という抑制剤を味わってもらわなければならない。
 そう、この決断は、決して面倒臭いだとか、仕事より恋に走ったとか、体のあらぬところが疼いてたまらないだとか、そういった理由ではないのだ。

「キノさん。見捨てないで」
「いえあの、」

 よよよ、と追い縋るように体をくねらす魔王に思わずドン引きし、無意識に精神に引き摺られて肉体的にも足を引いたキノが、毛足の長い絨毯に躓く。あ、と気付いた時にはキノの足は踏ん張りをなくし、視界が傾く。右に斜め後方向きに一度失ったバランスを取り戻すことができず、あ、腕って大事、と再確認してしまう。あー転ぶなあこれは頭をぶつけるなあ痛いかなあちょっと恥ずかしいなあと覚悟を決めながら、なす術なく倒れていくキノの体を支えたのは逞しい筋肉、もとい、ハイルの腕である。気づけば頭が高くなっていたキノは、ハイルの片腕に腰掛けるように抱き上げられていたのだった。むっきりとした褐色の二の腕の筋肉と、その横に並ぶキノの腰が同じ太さに見えるのは目の錯覚ではない。
 見つめ合った二人の周囲に薔薇の花びらが舞い散ったように感じた、とは後の魔王の言である

 致し方なしと許可を下す魔王の言葉は食い入るように見つめ合う本能むき出しの獣と虫に果たしてどれだけ届いていただろうか。次の瞬間、基本はキノに甘い保護者(まおう)の力によって、二人は北方将軍の城の城門内に立っていた。例え目を閉じていたとしてもその事を察知できない将軍ハイルではないが、キノが気付くにはまだ暫く時間が必要のようであり、さわさわと主の帰還を迎え出る使用人たちを置いてけぼりに、飽くことなく視線を交わらせ続ける二人の世界はその分続くのだった。

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