まものの心
二寸の恋心B
04

 本来魔物は成長しない。子供の姿で生まれたものは消滅するまでの何百年もの間子供のまま過ごすし、老人の姿で生まれつくものもある。キノは虫であった。年はよく分からないが、人化した外見からしてまだ未熟な個体であったと思う。これまで三度ほど転生を繰り返したが、毎度同じ虫であった。地面に這いつくばって生きろという神の思し召しであろうか。都度に長い年月を生きたが、始終ちっぽけな虫けらで、当然何の成長も変化もなかった。今回もそうである、はずだったのだが。
 魔王の気紛れよって奇跡的に羽化という変貌を遂げてしまったキノは、今現在、幻視蝶と呼ばれる蛾の魔物である。余談ではあるが、虫が幻視蝶の幼虫だった、という事実はこれにより解明され、魔界の一部のマニアックな研究者を驚かせた。
 また、このことはキノに驚くべき効果をもたらした。あのハイルとのセックス、である。それも、こう言ってはなんなのだが、わりと頻繁に。ちょくちょく。隔日ペースで、だ。いや、ほぼ毎日かもしれない。なんということだろう。
 段差や連れ立って歩く時、ちょっとした日常の中で触れ合う機会も増えた。手を取ってくれる。腰を支えてくれる。まともな会話が成り立つ。挨拶に応えがある。笑顔を見せてくれる。しばしば目が会う。その目は逸らされることなく、じっと見つめ合う。ハイルの屋敷にキノの部屋が何気なく用意されていたのに気付いた時はこれは夢かと疑ったものだ。その部屋にはぎっしりと中身の詰まった衣装部屋までついていて、キノのサイズの衣装も繊細な装飾品も、未だ全てを把握できていない。いつ訪っても良い、まあ、別に毎日でも構わない、好きに泊まって行くが良い。共にした晩餐で無表情に誘われて鼻血を噴き上げないよう苦心したのは良い思い出だ。
 伴侶とはこのようなものであるかな、とキノにとっては感動の連続である。
 喜ばしい傾向である。そう、その筈なのだが近頃のキノの後頭部には、何故か欲求不満がぶすぶすと燻っていた。愛し愛される夢のような日々。ところが、何故か満たされない。
 思い当たる原因はただ一つ。
 この姿になって以来、ハイルが紳士なのだ。
 いや、昔から魔王や大臣・将軍へはもとより、明らかに下位の魔物に対してもハイルは礼儀正しくあった。そう、唯一キノ以外には。だからこそキノには、あの公正明大な将軍が伴侶であるにも関わらず毛嫌いする宰相、見た目もアレだが中身もそれ相応なのであろうよ、という随分と余計な評価がついているのだから。
 とはいえ、キノに恨み言を言うつもりは触覚の先ほどもない。他の魔物との交流を避けてきたのは何よりキノ本人の怠惰に他ならないし、遅れて将軍の位に就いたハイルよりも遥かに長く魔王を補佐する立場にあるにも関わらず、周囲から少しの信頼も寄せられることないのは、やはりキノ本人の責任であろう。そもそも、矮小な虫ケラが王城でのさばっていることを面白くないと感じる者は少なくない、というよりも、殆どの魔物がそのように思うのは無理からぬことだ。無益な諍いを避けたいキノは、普段から小さな体を更に縮こませ、すっぽりと頭からマントを被り、移動の際は隠れるように隅を進み、公の場で発言することもなく、極力、出来得る限り目立たぬよう努めているのだが、気に食わない存在と言うのは何をしていても気に食わないものである。今でも魔王の加護がなければキノは一秒たりとて生きていられない自信がある。
 そのように、マイナス感情を取り繕うことなく向けられるのが基本、という魔物関係に慣れきっていたキノである。無関心であれば上々。好意的な対応に至ってはただ驚き戸惑うばかりで、喜びに至る思考の回路がない。遥か昔、人だった頃はそれなりに友人や家族と友好関係を築いていた筈なのだが、果たしてそれはどのようにして得たのであったか。そして、どう維持したものか、と、頭を悩ませた続けている。西方将軍(ブタ野郎)が企てた魔王暗殺計画の阻止と粛清の画策など霞んでしまうほどの重要案件である。


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