「
死神の帰る場所」
本編
死神の帰る場所01
寝不足の日々は続いている。
火曜の夜に弦太郎の店で遭遇した現実味のない出来事は、やっぱり夢だったんじゃないかな。
なんて、そんな風にも思えてきた。
直ぐに、何もかも元通りになるわよ、と微笑んでくれた従兄もきっと夢。
何も変わっていないよ、弦太郎。
溜息しか出ない。
相変わらず、治仁くんには会えない日々。
小市民らしい日常なんだけど。
あ、いじけっぽいなぁ。
いけないね。
土日は忙しいから助かる。
働いている間は何も考えなくて済むし、疲れれば眠りに入りやすい。
さて、今日は眠れるだろうか……。
明日の月曜は休みだし……また、弦太郎の店に行こうかな。
治仁くんのお父さんが戻ってきたからといって、私が再び「抱き枕」として入用かどうかなんて、分からないじゃないか。
はたと気付いてしまった事実に、胸が潰れそうで。
一人の時間が辛い。
ああ、いけない。
暗くなっていく。
うん。
遊びに行こう。
お酒に逃げよう。
駄目な大人だ。
「お先です」
「あ、お疲れさまっす」
発注の打ち込みを任せた部下に手を上げて事務所を後にする。
彼を誘って居酒屋、なんてことも考えたけれど、彼は明日仕事だから申し訳ない。
きっと遅くまでひきとめてしまうだだろうし。
パワハラって言われちゃうよね。
弦太郎に連絡を入れておこう。
車に乗り込んでケータイを取り出すと、メールを受信していた。
反射的に決定キーでそのメールを開く。
「NO TITLE」
目に飛び込んだその文字。
心臓が喉までせりあがる程驚いた。
ドッドッドッドと鼓動が煩い。
送り主の名前は表示されていない。
もしかして。
もしかして……?
いや、でも、私のケータイのメアドなんて……教えてない気がするけど。
けど……。
震える指先でそのメールを開く。
治仁くん?
君なのかな……?
ギュッと強く瞑った目を恐る恐る開いて、携帯に視線を落とした。
「藤本さん」
たった四文字。
その見慣れた自分の名前を、繰返し目でたどる。
ああ……!
今日の予定は変更だ。
アクセルを強く踏み込むと、エンジンが良い音で返事をした。