「
死神の帰る場所」
本編
眠れない夜05
人の声が聞こえた気がして足を止める。
自分の吐く息の音に混じって、確かに人の声が聞こえる。
あれ、喧嘩かな……?
声の雰囲気が、何となく穏やかではない。
何処かの家で夫婦喧嘩でもしてるのだろうか。
何気なく辺りを見回す。
道の先には神社と公園があって、そこだけ木立のシルエットがこんもりと夜空を切り取っていた。
……。
止まっていた足を蹴って走り始める。
面倒は避けたいが、若干の好奇心は否めない。
公園の前を走りぬけながら、ちらりと中を伺った。
やっぱり喧嘩かな。
数人の人影が暗い照明で影を作っていた。
少なくとも穏やかな状況ではなさそうだ。
通報したほうが良いかなあ……。
携帯を握りしめて逡巡する。
こんな夜中に、住宅街の公園に男が集団でいる。
何はなくとも、物騒、だろう。
……した方が良いよね。
角を曲がった所でゆっくりと足を止めながら、ディスプレイに指を落とした。
◇ ◇
side:?
ピリリとスーツの胸のポケットの携帯が着信を知らせた。
周囲への目配りはそのままに、受話する。
「ああ。……ああ。──分かった」
電話の向こうの少し焦った声の報告に心の内で苦笑する。
「おい、行くぞ」
「っは……? 兄貴?」
「通報された。面倒臭えのが来る前に帰るぞ。そっちも、今日は良い子で寝んねしに帰んな」
「っ! ざけンな!!」
如何にも三下と言った風情の若者が、牙をむいてスーツの男に一歩近づく。
身のこなしは軽そうだが、頭の中も軽そうだ。
「やめろ」
「っ! はい……!」
つるりと光る丸い頭の中心に穿たれた眼窩から、険呑な色の瞳が相対する男を一睨みした。
いくぞ、と低い声が告げれば、物騒な殺気を纏った男たちが、撤退する達磨の後を追っていく。
「さ、俺らも行くか」
車のドアが締まる音に続いてエンジン音が遠くなっていくのを確認してから、男は振り返って部下に声をかけた。
戸惑いながら頷く部下に苦笑いを浮かべる。
「良識ある一般市民に通報されたんだよ。フジモトジュンヤさん」
「……!」
「まあ、なんちゅーか、ふつーの人だな」
「……はぁ」
何とも言えない表情を浮かべた部下に、男が声を上げて笑う。
「まあ、“あの人”の“ワガママ”だから」
「……はい。分かってます」
「しかしまあ、対象に通報されるとか、ギャグだな」
「……」
可笑しそうな笑い声と二人の足音が、夜の闇に消えていった。