「
死神の帰る場所」
本編
眠れない夜04
雑然とした事務所の一番奥。
渡辺いっけいにそっくりな店長の言葉に、頭が真っ白になった。
「そう言う事で、キミには本業に集中して、これまで以上に頑張ってもらいたい」
「……はい」
何とか返事をするけれど、心ここにあらずだ。
聞き間違い、じゃないよね?
「いや、しかし、星野様からこんなに受注いただいて。君の働きを褒めていたよ。よくやったよくやった」
「はあ」
固まった私とは対照的に、ほくほくと笑顔が収まらない店長。
新装するクラブの調度品をうちで購入したいと先方から連絡があったらしい。
閑散期のまとまった注文。
嬉しくて堪らないというオーラを全身から発していて眩しい。
一社員としても喜ばしい限りだ。
しかし、私はそれどころではない。
「あの、暫くとは、具体的には……?」
「ああ? それは先方次第だろう」
たどたどしく尋ねるが、店長は既に私への話は終わったとばかりに顔を顰めた。
──暫くの間、藤本の派遣を中断したい。
──そう、星野様から連絡があった。
店長の言葉が耳にこだましている。
何故……?
と、考えれば……やっぱり、アレ以外に理由を思いつかない。
来るなと言われて、それでもと訪ねて行けるような相手ではないし。
私は謝ることすらできないのだろうか。
もう会えないのだろうか。
もう……。
人知れず息苦しさに喘いだ。
視界の遥か先に、高層のマンションが夜空に向かって伸びている。
治仁くんの部屋の電気は、今日も付いていない。
あああああ。
もうね、ストーカーだよね。
十分立派な、ストーカー。
うああ……。
女々しい。
気持ち悪い。
最悪だ。
分かってるんだけど。
足が向いてしまう。
近くまで行く事はない。
こうして、離れた所から眺めてひき返す。
会いたい、と言う気持ち半分。
彼の体が心配という気持ち半分。
治仁くんの家の事情だと分かった今も、心のどこかでは、あの事も一因なんじゃないかと思っている。
もし、私に怒りを感じているのならば、褒めたり注文をしたり、そんなフォローはないはずだ、と自分を慰めてみるけれど。
駄目だ。
不安を拭い去るには材料が足りない。
はあ、と漏らした溜息は、夜風にかき消える。
初夏の夜の空気は清々しくて、それを思い切り肺の中に送り込んだ。