「
死神の帰る場所」
本編
眠れない夜01
アスファルトを靴底が叩く。
自分の吐く息。
弾む鼓動。
規則正しいそれらの音に混じって、風を切るひゅうと言う笛の音が小気味よい。
静かな住宅街を走る
時間も遅いからすれ違う人も殆どいない。
寝る前にランニングに出かけるのが習慣になった。
と言っても今日で三日目。
寝付けないのって、こんなに苦痛なんだね。
初めての経験だ。
布団に入って、何度も寝がえりを打つ。
溜息ばかり出る。
どうやったら眠りに入れるのか分からない。
焦れば焦るほど、副交感神経は影を潜めてしたう。
あんまり寝られないから、走ってみる事にした。
これが、案外気持ちが良い。
走りながら、改めて治仁くんの苦しさを思う。
ごめんね。
私は全然分かってなかったよ。
今日は、寝られているのかな。
昨日は寝られたのかな。
大丈夫かな。
──とても心配だ。
彼はおうちの事情を抱えて、大変らしい。
先日、弦太郎が教えてくれた。
治仁くんのお父さん、星野組の組長さんが、今入院しているんだって。
だから忙しいのだろうって。
最後に会ってから一週間、会えていないんだ。
嫌われたのか。
怒らせたのか。
気味が悪いと思われたのか。
そう弱音を吐いた私に、そうじゃないと思うわよ、と。
話好きな同僚も、しきりにそんな事を私に報告してくれる。
組長さんが2週間程不在をするから、若頭の力量が試される時だ。
後継者をめぐって派閥間に争いがあるんじゃないか。
最近、繁華街に不穏な空気が流れているらしい。
近いうちに他の組との抗争が……とかなんとか。
正直、その辺の事情はまったく分からないので、私から情報を得ようとしているのだったら大間違いだ。
ふうん。へえ。と、ただ聞いていると、毎度最終的には微妙な表情で立ち去る。
学習したまえよ。
ねえ、治仁くん。
寝られない私は、色んな事を考えるんだ。
でもね、結局はね。
会いたいよ。
そこに行きつくんだよ。