死神の帰る場所
本編
兎と亀の賭け01

グラスを傾けると、氷がカラカラと涼やかな音を奏でた。


有線も照明も落とした店内。
カウンターにだけ灯った明りは、スツールに腰掛けた小柄な男を浮かび上がらせる。
二人きりの静かな空間。
閉店後のバーは、公演が終わった後の舞台の様にもの寂しい。

「亀ちゃん、ごめんねえ、残ってもらって」

「ママの頼みだもん、お安い御用だよ」

ありがと、とカウンター越しにグラスを差し出して、男が持つグラスに乾杯。
チン、と可愛らしい音が鳴った。

「もう、嫌んなるわよ」

ぐいっとグラスを空けて大きなため息を付く。

今日はヤケ酒だ。
誰よりも大切な従兄が、まさかあんな事を言い出すなんて。
ショックが大きすぎて却って冷静になってしまった位だ。

ボトルを傾けて、琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
亀岡の酒だが、知った事じゃない。
むしろ、飲み尽くしてやるんだから。

「亀ちゃんも、毎日ご出勤だと思ったら」

「うん、あはは」

柔和な顔に困惑を浮かべた男を恨みがましく睨みつける。

「ご苦労様よね。私の警護なんでしょ」

「あはは。いやまあ、毎日ママに会えるんだから。僕としては役得だよ」

「ふん! 口が上手いんだから」

本気なのにと笑う男の、本心の見えない飄々とした態度が忌々しい。

優しそうな外見からは想像がつかないが、これでもヤクザの幹部だ。
昔馴染だから怖いと思ったことはないけれど、気を許していい相手じゃない。

「坊ちゃんの教育がなってないんじゃない? 堅気に手出してんじゃないわよ」

「いやあ、まだ出してないんじゃないの?」

「出してるわよ! 十分よ! っていうか、抱き枕とか! もう! ばっかじゃないの!」

キーキーと喚くと、亀岡もそれ以上は何も言えずに押し黙る。

ひとしきり大声を上げて、幾分か気持ちが落ち着いた所で喉を潤す。
ああ、美味しい。

本当にあり得ない。
ヤクザが堅気に接触して、自宅に呼びつけるなんて。
迷惑極まりない。

それなのにあの従兄は、持ち前の気の良さとほわほわした頭の軽さで受け入れてしまった。
バカバカバカ。

しかも?
なに?
絆された?

ああああっ! もう!
腹立たしくて堪らない。

それを止められなかった自分にも腹が立つ。
せめてこの間、ちらりと話を聞いた時に問い詰めておけば良かった。

後悔に奥歯を噛みしめる。


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