死神の帰る場所
本編
猪口の表面張力03

ならいい、とぎゅっと抱きしめられて、目頭が熱くなる。

おっと。
私は泣き上戸だったかな。
だめだめ、面倒だと思われてしまう。


……そういえば、治仁くんに私の意志を確認されたのは初めてだ。
嫌だ、と言えばよかったのかもしれない。
そうすれば、この苦痛から逃れられただろう。
その機会を逃してしまった。


ああ、でも。


そうしていたら。
この幸福感も失うんだ。


そう思い至って、すっと、背筋が寒くなった。

なんて、脆い繋がりなんだろう。
この関係が断ち切られたとして、私にはすがる物すらない。


「っわ、つめた……治仁くん、くすぐったい……」

ひんやりとした長い指が、スエットの裾から入り込んで、私の腹を撫でた。

晩酌の後は、治仁くんのスキンシップが増える。
外見からは伺えないけれど、きっと酔っているんだろうね。

最近運動不足が続いているから、少し腹回りの脂肪が育ってきてしまっている。
それをぷにぷにと摘まれて、いたたまれない。

「もう……!」

ぐるり、と腕の中で反転した。
ほら、これで腹は摘めまい。

どうだい、と覗き込めば、治仁くんの口角がわずかに上がる。

あ、笑った。
すごい、笑ったね、今。
わあ、こんなに間近で笑顔、見ちゃったよ。

嬉しくて顔に血が上る。
部屋が暗くてよかった。

「っはやあ!?? っちょ……おおう」

背中に回っていた治仁くんの冷たい指先が、つつつと背筋を撫で上げるから変な声が出た。 
反射的にぶるぶるっと体が震える。

「もう、くすぐったいよ」

背中で滑る大きな手に恥ずかしさを感じながらも、緩みそうになる頬を引き締める。
それでも、ドキドキと高鳴る鼓動を隠すことはできなくて、どうか気づかないで欲しいと願うしかない。

「藤本さん、あったかい」

「君の手が冷たい、ちょ、もう……!」

するり、と脇を撫でられて、腰が浮くような寒気が走る。
ぞわぞわとして、堪らない。

「……?」

私の額に鼻を押し付けてきた治仁くんを上目で伺うと、ちゅっと音がした。

「え」

そのまま、私の鼻に、治仁くんの唇が降りて、また、ちゅっと音がする。

「…………」

何が起こっているんだろう。頭が理解できていない。

同じ高さまで降りてきた真っ黒な瞳と視線がぶつかる。

ああ、格好良いね。



ちゅ。



唇に、柔らかなものが触れた。


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