死神の帰る場所
本編
猪口の表面張力02

愛しいと思う気持ちが零れてしまいそうで、ちょっと困ってる。

こぽこぽ湧き出る気持ちは、私の心に満ち満ちてしまっていて。
ちょっとした刺激で溢れてしまいそうだ。

女性の香りを纏った治仁くんを出迎えた時。
暫く帰らない日が続いた時。

私に咎める権利なんてないのは分かっているのに。
心が震えて、均衡が破れてしまいそうになる。


「ねえ、治仁くん?」

「…………」

「こういうのはさ、女の子にお願いしたほうがいいじゃない?」

「こういう……?」

「こうやって、一緒に寝るの」


ちょっと辛くなって来てしまったんだよね。
私。
気持ちが、いっぱいいっぱいで。
消化不良を起こしてる。

仲良くなれば、なっただけ、気持ちがエスカレートしていくのが分かる。
それを留める気力が、尽きてきた。
疲れてきちゃった。

それでいい。
それでも、こうしていられるのは幸せなことだと。
年を重ねてズルくなった自分が幾重にも張った筈のシールドは、さっき頂いた日本酒が溶かしてしまったらしい。
ぎゅっと暖かい治仁くんの体に包まれながら、そろそろ解放して欲しいと、ふと、そう思っんだ。


「……女」

「そう、柔らかいし、良い匂いだし……」

その方が自然だよ。
という言葉は、何故だか喉が絞まって声にならなかった。

「折れそうだから」

「ん?」

「女は折れそう。後腐れが面倒。臭い」

「臭いって」

「香水、臭い」

「……ああ」

それは……致し方ない気がする。
治仁くんの傍に寄ろうと思えば、少なからず女性も武装するだろう。
その武器の一つが口紅であり、香水なのだろうし。

「藤本さんは良い匂いがする」

「ちょ……くすぐったいよ?」

「うん」

鼻先が耳の裏に押し付けられて、ぞくりと背筋が甘く痺れた。

いやいや、いかんよ。
ぞくりってなんだいなんだい。
良い匂いとか、ない。
ないから、さ。

「抱き心地が良い」

「……そりゃ、折れる心配はないだろうけどね」

がっしりとした骨格に、筋肉と脂肪で分厚い体。
柔らかくもなければ、瑞々しくもない。
おじさんの体。

「藤本さんは、嫌?」

「え?」

「ここに来るの」

治仁くんの言葉に、ゆるゆると首を横に振る。

まさか!
そんな訳ない。

嫌じゃないよ。
苦しい、だけ。


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