One years after 4



錬金術師は特殊な才能を有し、国で手厚く保護されている。人の羨むような特権と、莫大な研究資金を与えられる。だから皆羨ましがって、軍の狗と蔑称をつけるのだ。

この家にある錬金術の本を開いてみたところで、自分には意味不明な図式にしか見えなかった。弟のアルは構成式など書かずとも、両手を合わせて祈れば、構築も分解も思いのままだ。それは人には教えない事、内緒だと言われた。けれどロイはその秘密を知っているのかもしれない。
さっきアルがロイに声をかけた時、弟は本当に嬉しそうだった。二人は随分と親しげに見えた。
どこで知り合ったんだろう。自分が知らないだけか、もしくは覚えていないのか。聞いて、どうなるものでもないと諦めている。その話をきっかけに昔を思い出す事はない。自分の記憶は消えていくばかりで、とどめておく事はできない。

「錬金術は、アルが使えるから俺はいいんだ」
アルこそ自慢の弟だった。
ロイは一言そうかと頷き、それ以上勧めてくる事はなかった。アルが戸口からお茶が入ったよと声をかけてくる。弟の入れてくれるお茶はおいしい、それにロイという客人がいるから、菓子をつけてくれるだろう。
「何を話してたの」とアルが笑いかけてくるので「錬金術を見せてもらった」と答えた。
「そう、仲良くなってくれてよかった、僕が帰って来た時、兄さんすごい顔してたから」
「ちょっと焦っただけだって。今はもう平気だ。アルも言っといてくれればよかったのに。客が来るって」
ごめんねとアルが謝ってくる。「何て言えばいいのかわからなくて」と。どういう意味なのかわからなかった。客人が来ると言うだけでは駄目なのかと不思議に思った。

家の中に入ると、今度はエドも立ったままではいなかった。
この家にソファは一つしかない。二人も座れば満員だ。そこにロイとアルが腰掛ける。自分用の椅子をエドは持って来る事にした。
カップを口に運ぶロイの顔を、そっと見る。
切れ長の両眼、余分な肉のない、頬のライン。改めて見ると、随分整った顔をしていると気づいた。だからさっきは余計に怖かった。現実のものではないように思えたのだ。
そういえばロイは何をしに来たんだろう。わざわざリゼンブールまで、アルに逢いに来たんだろうか。
話をする為に?
どれくらい、いるんだろう、すぐに帰ってしまうのだろうか。ここは田舎で汽車の本数が少ないから、今日帰るつもりなら、もう家を出なければいけない。
まだロイという名前を知って、錬金術を見せてもらっただけだ。すぐに別れるのはもったいないし、寂しいなと思っていたら「ねぇ、いいよね兄さん」と突然話を振られた。

二人の会話を何も聞いていなかった。エドは慌てて頷く。何の話をしていたのだろう。
「図々しい事を承知で頼みたい。この家に泊まらせてはもらえないだろうか」
部屋も余ってるし、いいよね兄さんとアルが後押ししてくる。
本当に驚いた。心の内を全部読まれたみたいだ。だって俺はすぐに帰ってしまう事を、嫌だと思ってたんだ。
「どれだけ?」
期間を尋ねる。返って来た答えは一週間。
それが長いのか、短いのかはわからなかった。今すぐ別れるわけではない事が嬉しかった。共にいる時間が長いだけ、別れる寂しさ、辛さが何倍にもなるとエドは知らなかった。
世界の中にいるのは弟と幼なじみだけで、リゼンブールに来てから別れなど経験した事はなかったから。
「許してくれるか」
ロイの声には請願の響き。
拒む事はできなかった。拒むつもりもなかった。
最初に感じた怖れはもうないのだから平気だ。もっと錬金術を見せてもらったり、他にも色々な話を聞かせて欲しいと思った。
「アルがいいなら俺がとやかく言う事じゃない。あんたを歓迎する」
内心は喜んでいるのに、口にした言葉はひねくれたものだった。自分でもそれを恥じた。もっと素直に言う事ができたならと思っているのに。
しかし男はエドの言葉を受けて、静かに礼を口にしてきた。口元に浮かぶ笑み。

もっと見たいな、笑うところ。
悪い奴じゃないんだ。アルがこんなに親しげにする奴なら。そこまで警戒する必要はないとわかっているのに、心臓の動悸だけは治まってくれそうになかった。
どうしたんだろう、記憶だけじゃなく、体まで壊れてしまったんだろうか。
ロイが手を差し伸べてくる。それが握手を求めているのだと、少しして気づいた。躊躇いながらも、エドは手を差し出す。
握ったロイの手の平は、声から予想していたとおり冷たかった。冷たいと感じるのは、自分の方が体温が高いからか。体ばかりではない、わけもなく心も熱い。

ふと見上げれば、至近距離。彼の眼は黒ではなく、濃藍である事に気づいた。不思議な色だ。自分とは正反対の色彩に数瞬、見とれた。
エドは慌てて目を逸らす。今見とれた事を彼に気づかれませんようにと、願った。後で彼が拾い集めてくれた花に水をやらなければと思った。
二人にとって、それが一年ぶりの再会だった。


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