One years after 3



「君の名を知っている」
「……どうして」
「君の弟から聞いていた。自慢の兄だと」
お茶を入れてくるからと、アルは台所に向かっていった。自慢なんて言われるような人間ではない。アルは何を思って、そんな事を言ったのだろう。恥ずかしい。
「自慢なわけない。俺は何もできねぇし」
自分を卑下しているわけではなかった、それは紛れもない事実だ。この一年色々な事を教えてもらって、どうにか人並みの事ができるようになっただけだ。
「自慢できるとも」と言うロイの言葉に、エドは目を見張った。そんな事を言ってきた人間は初めてだ。それに対して「できねぇよ」と小さな声で反論した。ここで頷ける程、自信過剰ではなかった。
「そんな事を言わない方がいい。二人は君を大切に思って、そして誇りにも思っているはずだ」
二人という事は、この男はウインリィの事も知っているのか。

本当はわかってる。
アルが騙されるはずがない。この男の事を悪いヤツかもと思い込もうとしているだけだと、気がついてしまった。これ以上、意地になってもどうしようもない。
「君の事を、エドワードと呼んでも構わないか」と男が尋ねてくる。自分の名を呼んでくる響きに、またどきりとした。
エドはためらいながらも頷いた。駄目だなんて、子どもじみた事を言うのも気が引けたからだ。
「ウインリィは、エドって呼ぶんだ」
「私にもそれを許して欲しい」
いいぜともう一度頷いた。ロイは嬉しげに笑みを浮かべてきた。
びっくりした、こんな事で笑ってくるなんて。心臓はこれ以上ないというくらいに鼓動を早めている。この男は何て自分の心臓によくない事を言ったり、するのだろう。
「……じゃあ、あんたが俺をエドって呼ぶなら。俺は、何て呼べばいいんだ」
「好きに呼んで欲しい」
「そういうのが一番困る」
「だったら、ロイと」
言葉少なに男は言う。エドは了承の証に頷いた。

男とやり取りを交わしている内に、最初に抱いた怖れや、不安は薄れていった。何故あんなに怖かったんだろう。落ち着いてくると乱れた髪が気にかかって、エドは髪紐を解いた。もう一度編み直していると「器用なものだな」とロイは呟いた。何でもない事のはずなのに、妙に照れくさかった。

アルはまだ台所から戻って来ない。かちゃかちゃと茶器の触れ合う音が、ここまで聞こえた。しばしの沈黙が、二人の間に落ちてくる。会話が続かない。
アルが早くここに戻って来てくれないだろうかとエドは思った。二人っきりにされると、間が持てなくて困る。どうしていいかわからない。
何か喋らなければ。
「軍人って言ったよな」と尋ねれば、ロイがそれに頷く。
この村に軍人はいない、いるのは年老いた憲兵一人だ。制服の色が違う。憲兵の制服は黒で、ロイのそれは濃紺だった。どう違うのか。
「……軍人って何やってるんだ」
「そうだな。私は錬金術師だから、物を直したりしている」
「錬金術師……アルと一緒なんだな、あんた」
二人の共通点を知って、また警戒心が薄れて、そうして最後には消えていった。簡単に人を信用し過ぎなのかもしれないけれど、ロイと名乗った、この男ならば大丈夫ではないか。
ただし錬金術師といっても、その力には程度がある。少し知識をかじっただけの奴かもしれないという、わずかな疑問は残る。
自分の心中に気づいたのだろうか。「何か作ってみせようか」とロイが提案してきた。顔に疑いが出たのかもしれない。ためらいながらも、エドは頷いた。
「じゃああんたが本当の錬金術師だって証拠見せてくれよ。そしたらアルの知り合いだって認めるから」
「それは責任重大だな。失敗は許されないというわけか」
笑い混じりの低い声。こういうのを、いい声と言うんだろうなと思った。

ロイはキッチンから水を満たしたコップを借りてくる。そうして二人で外に出た。デンも一緒についてくる。エドは背を屈めて硬い毛を撫でてやると、顔を足に擦りつけてきた。
「錬金術見せてくれんだって。デンも見ておけよ」
作るものによって力の差が出る。どんなものを見せてくれるんだろう。段々と心が浮き立ってきた。さっきまではこの男の隣に座るのも怖いと思っていたのに、自分の心変わりの早さに、気恥ずかしさと呆れを感じた。
ロイは膝をついて、土に二重の円環を引く。水をこの場にある媒体を結びつけて、何に変えるつもりか。
「見ていてくれ」と一言告げて、ロイは水を勢いよく円環の中に散らした、すると紫の錬成光が生じる。そして水は繊細な氷の冠に姿を変えた。
エドは驚きで目を見張る。これは本物だ。めったにいない、本物の錬金術師だ。
「なあ、これ触ってもいいか?」
「すぐに解けてしまうぞ」

氷冠をそっと手に取れば、冷たかった。この温度のせいで、すぐに崩れて元の水に戻っていく。指先を濡らして、地面に滴り落ちていった。幻のように消え失せた氷冠を、もう一度見たいと思った。
「あんた本当に錬金術師なんだな、疑って……悪かったよ。他にも、色々。俺知らないヤツだと思って、逃げちまって」
自分を捕まえに来たと思った。裁きに来たのだと。花まで拾ってくれたのに。
「いや私の方こそ驚かせてすまなかった。怖がらせるつもりはなかったんだが」
「別に俺は怖がってなんてねぇよ、少しびっくりしただけで」
嘘だという事は、ロイも気づいている。またつまらない意地を張ってしまった。こういうところがよくないと、わかっている。エドは話題を逸らした。
「それにさっきの錬金術。あんな複雑なもの作れるなら、他にも色んな事できるんだろう。すげぇな」
「錬金術に興味があるのか」
「アルに色々話聞くから。少しだけ」
興味はある。少しではない、たくさんだ。ここでも見栄を張ってしまった。馬鹿だから、必要のない見栄を張ってしまうんだ。
「だったら君も覚えればいい」
「俺が?無理に決まってる」
おかしな事を言う。錬金術は誰でも簡単に覚えられるものでもないのに。


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