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Concubinage 2



ソファに横たわったまま、彼の帰りを待った。きっと今日も遅いのではないか。探せば本くらいが見つかるだろうが、それも面倒だった。
そうして車の音が耳に届いた。まさかもう戻って来たのか。
暗がりの中目を凝らして、時計を見る。まだ夜になったばかりの時刻だ。昨夜は真夜中に近かったのに。
彼がこんなに早く戻って来るとは思えない。まさか違う人間が何か用事があってやってきたのか。
中に入って来られないだろうが、どこかに隠れた方がいいかもしれない。

迷いながらエドはソファから立ち上がる。また遠ざかっていく車の音。それに扉が開く音が続く。廊下を歩く軍靴の音でわかった。
ロイだ。間違いない。出迎えの言葉など、口にするつもりはなかった。
扉を開けたロイに灯りをつけられ、突然の眩しさに目が慣れるのに、少し時間がかかった。エドは無言のまま、ロイを睨みつける。彼はコートと荷物を抱えていた。

「灯りもつけないで、どうした」
答えずにいれば、鋼のと銘を呼ばれ、渋々と口を開いた。
「……あんたがいないのに、家に灯りついてたらおかしいだろ」
自分を閉じ込めようとする相手に気を使うのは馬鹿らしかったが、しかたない。皆はロイだと思っている。ロイの不利になる事はしたくなかった。
「誰も通らない、気にしなくていい」
「こんな寂しいところよく住む気になるぜ」
人気のない通りに立つ寂れた屋敷になど。
「君を閉じ込めるのに都合がいいからな。だから取っておいたんだ」
エドはその言葉にわずかに目を見張る。

やはりそうだったのか。ロイの笑みを見て冗談だろと尋ねる気にはならなかった。
「それより、何かあったのか。大佐にしたら帰りが早い」
こんな時間に戻って来た理由を聞きたい。
「何も食べるものがなかっただろう。腹が空いたんじゃないか」
「俺を餓死させるつもりかと思ってた……」
ロイの持ち帰った荷物は、それだったのか。
「閉じ込めるにも準備が必要だな。すまなかった」
悪いなんて思ってもいない癖に。
準備なんて言葉を投げかけられると、余計に不安にさせられる。本当に一週間ですむのか、それともここから出さないつもりか。
俺が邪魔だからいたぶって、殺すつもりなのか。殺すという言葉が浮かんだ途端、体が冷えていく。そうだ、いつ彼に殺されてもおかしくない。
「悪いとか、言葉じゃなくて態度で示したらどうなんだよ」
皮肉を返そうとすれば、語尾が知らず震えた。
自分は怯えていると、気づく。

昏い夜はいつだって彼に抱かれる時間だから。そして殺されるかもしれないという可能性。この二つが自分の怯えを誘っている。
今日はさすがに腕を伸ばしてこないだろうと思ったのだが、彼の表情が読めない。自分の視線を受けて、ロイは笑みを深めた。
沈黙が続く中、エドは体を引きずるように、壁へと後ずさる。さっきまで座っていたソファに足が当たった。
「鋼の。そう怖がらないでくれ、まだ何もしていない」
これからされるんだ。
ロイが笑みを消して、目を眇めてくる。距離を取ろうにも、ここは彼の邸だ。逃げるにも限度がある。
しかしこのまま捕まるわけにはいかない。
あの男は今日も抱く気だから。
エドは身を翻す。走って外に出て行きたいが、無理だった。体はそこまで思うとおりに動かない。
「逃げるつもりか。だったら隠れるまで待ってやる。私は後から行こう」

狩られるものの気持ちがわかった。
エドは居間の扉を開けて、薄暗い廊下を行く。
少しでも離れなければ、そうしたら触れられる時間が遅くなるから。
手すりに掴まりながら階段を昇った。古いせいで一段昇るたびに、ぎしりと音が立つ。これではどこに行こうとしているか気づかれてしまう。
この程度の行い、抱かれる時間を引き延ばしているに過ぎない。無駄だとわかっていながら、それでもと思ってエドは足を進めた。
二階にはいくつか扉が並んでいた。どこでもいい。階段から一番遠い扉を選んで、ノブを捻ると鍵はかけていないらしく、あっけなく開いた。
本棚が並んでいる、書庫のようだった。

そこまでが限界だった。足が震えて立っていられない。壁によしかかるようにして座り込み、息を殺す。
ロイが階段を昇ってくる音が聞こえた。迷いもなく、この扉を目指して歩いてきているよう。ノブが回って扉が開く。エドは目を背けた。
「見つけたぞ」と声がかかる。
逃げてから、まだ十分もかかっていない。時間稼ぎにもならなかった。

ロイが目の前に跪いて、腕を伸ばしてくる。髪に触れられ、エドの肩はびくりと震えた。怯えている事を気づかれたくなかったが、この距離で隠し事はできない。
全てを暴かれてしまう。
「私から逃げたければ、もっと上手くやらないと。鋼の?」
男の見せる執着は、遊びの域を超えていて怖かった。誰でもいいから犯したいと欲を見せて、手近なところにいた自分を選んだだけのはずなのに。
「今日は、無理。嫌だ。明日、何でもするから。だからっ」
意地も何もかも捨て去る、つけられた痕、なぶられた箇所が、痛むから。痛むというよりは疼くようだった。
だから触れないで欲しい。そっとしておいて欲しい。
「何でも?条件をつけない取引はするなと教えなかったか」
「……っ触んなよ」
髪をもてあそばれる。
そこに口づけを落としてくる。伏せたロイの顔。表情が見えない。
「だったら明日、好きに、していい。今日は駄目だ。嫌なんだ」
「足りない。もっと条件を引き上げてくれ」
それでは満足できないと、ロイは切り捨ててくる。
「な、やだ。やめてくれ。本当に、痛い。頼むから」
今日は許してくれとすがるしかなかった。
わかったと答えるロイの声を、一瞬だけ信じた。愚かにも信じて、そうしてすぐに裏切られる。男の顔を見て、エドはそれを悟った。

ロイは口の端を歪めて、どこが痛いのか教えてくれ。全部舐めてやるから。君の痛がる事は絶対にしないと約束する、卑怯にもそう告げてきた。
逃げようにも後ろは壁で、そこに押し付けられれば背中が痛んだ。
痛い事をしないなんて嘘だ。背中が痛いと言えば、腕の中に抱き込まれる。すまなかったと謝る声だけが優しいのは、いつもの事。
ロイの腕に閉じ込められ、シャツの釦をゆっくりと外されていく。これからどこを触られるか、わかっている。
期待なんてしていない。本当に嫌だと思っている。言い聞かせていなければ、自分の体なんてすぐに応えるに決まっているから。

昨夜、散々になぶられた箇所に、ロイは丁寧に口づけを施していった。
癒すような動きではなくて、それは燻ぶる熱を呼び覚ます為のもの。焦らすような酷い愛撫に、絶え間なく声を上げさせられた。
これだけ正気を保ったまま、いたぶられるのは初めてで、自分がどんな声を出すのか、まざまざと思い知らされる。
何て声を出しているんだ。もっと嫌がれよ。そう己に命じるが、やはり体は言う事を聞いてくれなかった。
この男のものにされたから、自分の思うとおりにならないのだろうか。
無理やり抱かれるよりも、酷いやり方だった。泣くのはよせと、囁く声には騙されない。涙をこぼしながら、エドはロイを睨みつける。
全部酷い方が、よほどましだった。

唇をわななかせながら、エドはそう毒を吐こうとしたが、代わりに甘い声をこぼす。睨みつけた眼差しもあっという間に潤んでいく。
「逃げない、から。ここにいる。あ、外に、出ないっ……やだ」
「本当だろうな。鋼の。嘘をついて私を騙すつもりじゃないだろうな?」
違う、嘘なんてつかない。本当だと必死で頷いた。そう言わなければ、ロイは胸の尖りに触れるばかりで、先には進んでくれなかったから。
明日も明後日も大佐の好きにしていいと最後に約束させられる。
そう言ってくれとロイに請われたのだ。彼の態度は威圧的なものではなく、言葉は命令の形を取ってはいなかった。けれど言わなければ、解放されなかった。
「嬉しいよ。君が逃げ出さないか不安だった」
力の入らない腕で肩を叩いたが、意にも介していないロイに怒りがこみ上げてきた。殴って気が済むならやったらどうだと言わんばかりの態度。
そんな事をしても何もならないとわかっている。

肌にある刻印が憎くてたまらなかった。俺の大事な大佐なら、こんな事はしないと思うしか、この熱を冷ます方法はなかった。




一週間はあっという間だった。
ロイは日中総統府に向かい、戻るのは夜も更けてから。
その間自分はずっと一人きりで、眠るか、書庫の本を読んで暇を潰すしかなかった。
本はあまり読まなかった。
眠らなければ、ロイの腕に応えられなかったから。体のだるさも熱も抜けないまま。戻ってきたロイに、好きに抱かれた。
彼は優しかった、甘い顔を見せて、欲しいものはないかと尋ねてくる。悔しかったのでねだれば、その通りに全て叶えてくれた。そして体を傷つけるような真似も絶対にしなかった。
代わりに、腕から逃がしてくれない。

嫌だと彼の腕や口づけを拒めば、ロイの好きにしていいと約束させられるまでなぶられる。
その繰り返しだった。
共に過ごすのは、夜の終わりまで。そして朝に眠り、ロイの帰りを待つ。
腕の中に抱き締められたまま、離れる事は決してできないまま。七日間を過ごす。
それはまるで偽りの蜜月のようでもあった。
彼の肌に刻印さえなければ。


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