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Liar 3



幼い子どもを宥めるような態度を男は取ってくるが、それもすぐに取って変わった。
耳朶を噛んだ後に、舌を入れてくる。粘着質な音が、すぐそばで聞こえた。
舌を差し込まれて、奥を貫かれた時と同じような感覚を覚える。
「それ、やだっ……ぁ!あん、あ……」
「だったら何がいい。どうして欲しい?」
選択権を与えるふりをして、自由を奪っていく、いつもの遣り方だ。
卑猥な言葉でねだるようにロイに仕向けられて、エドは繰り返す。

頭はもう飽和状態で、自分が何を口にしているかも、わからなかった。ただ言葉にすれば、男の目の色が変わったような気がした。
大佐も、興奮してるんだ。違う、この男は大佐じゃない。
本当に?
わからない。だって違うところ、一つも見つけられないんだ。俺だけなのかな、他の人間は気づいているのか。俺は、本当はこうやって抱かれる事を喜んでいて、だから違うところを、無意識の内に探すのをやめているのか?
足首を掴まれ、ロイの思うとおりに開かされる。

逆らう気力なんてあるわけがない。これ以上嫌だと暴れたら、次はどこを縛られるかわからなかった。一度吐き出されたせいで、奥も太腿も濡れていた。
押し付けられた時に混ざり合うような音が立って、それだけは耳を塞ぎたかった。
でも腕が使えない。痛いと訴えれば、後でほどいてやるとはぐらかされる。
形を教えるように、ゆっくりと入り込んでくるロイに押し広げられたそこ。無意識の内に締めつけて、形と熱をまざまざと感じさせられる。早く動いて欲しいと言っているようなものだった。
なのにロイは動いてくれない。もっと奥まで入れて、それで抜いて欲しいのに。目で請うても、叶えてくれなかった。
こういう時はどうすればいいか知ってる。
誘いをかければいいんだ。もっと言うからと、エドは舌たらずに言葉をこぼす。
大佐の言うとおりに何でも言うから、いやらしい事。

理性は焼き切れて跡形もない。抱かれている間は自分の目的さえ忘れてしまいそうだった。いつも終わった後に後悔し、罪悪感に心が塗りつぶされる。
どうすればいいのか誰か教えてくれ。いっその事懺悔して赦しを与えられたい。
幼い頃捨てた信仰に再びすがろうとする程、心は弱っていくばかりだった。底なし沼に足を取られて、沈んでいくようだ。本当の彼を取り返しても元の関係には戻れないだろう。
そんな予感が、エドの胸を貫いた。


なぶられた体は限界だった。
痛みとだるさの両方が襲って来て、目を閉じれば一瞬で眠れるだろうと思えた。
このまま眠ってしまうわけにはいかない。帰らなければいけないと思った時、体の奥から音を立てて、精液が溢れてくる。それは泡立っていた。
中で何度吐き出されたか。思い出せば、また体が熱を取り戻そうとしてくる。これ以上は無理だ。必死で熱を散らした。

よほどきつく縛って来たらしい。腕に回された布は、なかなか解けなかった。
ロイは舌打ちをしてナイフを取り出してくる。刃を目にすれば緊張を覚えたが、傷つけるつもりはないと男は苦笑を浮かべてきた。縛られた腕を解かれて見れば、皮膚には赤い痕が残ってしまった。
悪かったと、ロイが謝って左手首を撫でてくる。

痛みなんて大した事はない。問題は、この痕が制服で隠れるかぎりぎりの所についている事だった。
さっきはそんな事さえ考えられなくなっていた。気持ちよさを追うのに必死になっていた。もしもこの痕を誰かに見咎められたらどうすればいい。
ロイは何を考えているんだろう。自分にこんな痕がついているのを見られたら、まずいのは彼だ。
自分の容姿のせいで、子どもが趣味だったのかと陰口を叩かれているのは知っている。
普段はロイも痕をつけるような真似をしないのに、今日に限ってどうして。文句の一つも言ってやらなければ、気が済まなかった。

「こんなの見られたら、どうすんだよ。あんたがおかしい事言われるんだからな」
「そんな心配をしなくてもいい」
ロイの言葉の意味がわからなかった。いぶかしく思い彼を見つめるが、それ以上答えてくれるつもりはないようだ。
エドは諦めてため息をつく。
体を洗い流さなければ。さすがにこのまま帰る事はできない。

足に力がまったく入らず、もがく様をロイは面白そうに眺めていたが、待っていられないとばかりに腕を伸ばして来た。
使い物にならなかったシーツと一緒に、抱き上げられる。幼い子どもにするような抱き方。こんな真似をするなと言ったところで聞いてくれる男でもない。
自分の願いを聞くふりをして、肝心な時には絶対に引いてくれない。その首にしがみつくのは、落とされたら敵わないからだ。
落とすわけわけがないと囁いてくる物言い、声の響き、やはりロイとの違いを見つける事ができなかった。努力するだけ無駄だと言われているような気分だ。

寝室を出てバスルームまで運ばれていく。
降ろされる時にロイの首筋を舐めれば、右肩の傷痕、そして鎖骨も目に入る。その下に刻まれているのは罪悪の刻印、指で触れても消えてはくれなかった。
エドは息をこらえるようにきつく目を瞑る。ロイはそれに気づかないふりをした。
髪を洗ってやるから機嫌を直してくれなんて、言い方すら同じ。彼そっくりな引き様。
自分の体くらい洗えるから触るなと、手を拒もうとしても無駄だった。これでは癇癪を起こした子どもと同じだというのに。

……もう何時だろう。夜明けが近いのではないか。
少し眠ったらここを出ていかなければ、夜が降りている内に戻らなければ誰に見られるかわからない。ベッドを整えていたら眠る間がなくなってしまう。ソファで眠ろうと抱き締められた。
まさかここで二人で?彼の腕の中にいるくらいなら床で眠った方がましだった。これ以上そばにいたら、心がどうにかなりそうだ。
「俺は床で寝るから離してくれよ」
腕を退けようと押すが、ロイはそれも聞いてくれない。
「そばにいたいんだ。鋼の。いいから来てくれ」
ロイの腕の中に囲われて、こんなそばにあっては眠れないかと思ったが、瞼を閉じた途端、眠りが落ちてきた。


夢も見なかった。
どれだけ眠ったのかはわからなかったが、ふと目が覚めた。
夜が明けて来てはいるが、まだ室内は闇に包まれている。光が差し込んでは来ない。
何度か瞬きすれば、目が慣れてきた。そばで眠るロイの顔をじっと見つめる。目を閉じているせいで、鋭さがわずかなりとも影を潜めていた。
この隙を突いて心の臓を一突きにすれば、あっけなく滅ぼす事ができる。絶対に使えない方法だった。
ロイの犠牲と共に滅ぼしたところで意味はない。彼に宿った大罪もわかっているのだ。自分が彼に傷一つつける事ができないと。

腕を伸ばし、その髪に触れる、何度か梳いてみた。まだ少し濡れている。手触りのいい髪が指をすり抜けていく。気配に聡い男だ。ここまでされて、目覚めていないはずがない。
「なあ、本当は眠ってないんだろ」
囁くように声をかければ、ロイはゆっくりと目を開けた。
この瞬間が、好きだった。きつい濃藍の両眼が見つめてくる。
目を開けてくれる。それだけの事が嬉しい。彼が死ぬかもしれないと思った時の絶望。あんな気持ちは二度と味わいたくない。
この痣のおかげで助かったというなら、感謝すべきなのかもしれない。だからもう大佐から出ていってくれよ。感じる事はできないが、その中に潜んでいるんだろう?

指で、黒い痣をたどる。浮き出た鎖骨の、硬い感触が返ってくる。
ロイの痣を見ている内に、リンの事をふと思い出した。
国に帰った彼とはもう逢う事がないだろうが、刻印を宿した時の表情と口調に特徴があった。南部で出遭った強欲と同じ嗤い方を見せてきた。
表情や口調ばかりでなく、気配までも元の彼から一変していた事に驚いたのだ。支配されるとはこういう事を言うのかと。

そういったものが、ロイからは感じられない。何故なのか。彼の自我が強いせいなのか。もしくは彼の変化を自分が見抜けないだけの話なのか。わからない。
後は、もう一つ可能性がある……。
けれどそれはあり得ない。考えるだけで、彼への冒涜を意味する。やめろと、己の心を封じた。それでも疑いは消えなかった。
こんなにそばにいるから、おかしな事を考えるんだ。もう離れなければ。ロイの肩を押して、エドは腕の中から抜け出ようとする。

「どこに行く」
離れる事を許さない。そんな視線で強く見据えられた。
「帰る、今日も仕事だろ。あんたのシャツこのまま借りてくから」
「行かないでくれと言っても駄目か」
「駄目に決まってる。これ以上は聞けない」
自分のシャツは、ロイが裂いてしまった。今羽織っている彼のものを借りるしかない。
それよりも官舎までの長い道を、だるい体を引きずって帰る方が億劫だった。
しかし歩いていく他に方法はない。夜明けまでにここを出なければ、人目につく可能性がある。それは避けなければいけなかった。

ロイはそうかと一言呟いて、ため息をつく。聞いてくれたと思ったのは数瞬。口の端を歪めて、笑みを見せてきた。
「だったら頼むのはやめにしよう」
手首を掴まれて、勢いよく引き寄せられる。再び彼の腕の中に落とされた。嫌だと腕で抗うが、この男が本気になれば自分の体など思いのままだ。
力の差は歴然だった。
「もう外に出なくていい」
「……冗談だろ」
エドは笑ってごまかそうとする。このままずっと閉じ込められるのではないかと、怯えが体に走った。
「任務を成功させた君の為に、一週間の休暇を申請した。ゆっくりとここで休むといい。外には出ずに」
思ってもみなかったロイの言葉に、エドは目を見開く。

嘘だと反論する気にはならなかった。ロイの目や声が嘘ではないと物語っている。
そこに彼の本気が伺い知れた。
だから、こうやって痕を残したのか。誰にも見られる心配がないから。
何を勝手な事をと言いたいが、ロイは自分の上官だ。彼が休暇を申請したなら、自分が総統府に行ったところで無駄だった。
取り消してくれ等と言えば、彼の顔を潰す事になる。目の前にいる偽者の男ではなく、本当の、ロイの為にやめておいた方がいい。

言う事を聞くしかないと諦めて、エドは顔を伏せる。宥めるように髪なんて撫でないで欲しい。距離がいっそう縮まれば彼の匂いを感じた。重く甘い、水のような匂い。
もう今はあそこしか居場所がないのに。それを奪わないで欲しい。
そう願う心を、彼は知らないのだろう。

一週間、で出してもらえるならいい。逆らったところで、どうにもならないのはわかっている。
ただ、もしもそれ以上の時間ここにいるよう強いられたらどうすればいい。やめてくれと願ったところで聞いてくれるとは思えなかった。
「もう俺の事出さないなんて嘘だろ?一週間だけなんだよな」
問うても、ロイは何も答えない。欲しい答えは何もくれない卑怯な男。
ロイは言葉の代わりに、エドの髪をかきあげて、こめかみに口吻けを落としてきた。
優しい手つきとその唇。傷つけるつもりはないと言わんばかりに触れてくる。髪を梳いてくれる指が心地良かった。

エドはゆっくりと目を瞑る。
これが本当の彼なら自分は言葉のまま従って、一週間でも、一年でもここにいるだろうと思えた。


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