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Liar 2



寝室までの道のりを行く。抱き上げられるのは絶対に嫌だった。自分で歩くしかなかった。扉が開けられ、そこを越えたものの足は止まってしまった。扉を背にエドは立ち尽くす。
ロイはベッドに軍服を投げて、シャツの釦を解いていった。
露わになる首元、その下に刻まれた刻印を見たくない。自分が目をそらした事にロイは気づき、口元を歪める。

「ただの痣だ。そう怖がらないでくれ、鋼の」
ロイの言葉どおりならよかったのに。しかし痣に宿るのは、大罪を犯した者の魂だ。
怖がってなんていないと、エドはどうにか答える。強がっていないと、心も体も一気に崩れてしまいそうだった。涙は止まったが、きっかけさえあればまたこみ上げて、こぼれて落ちてしまう。
ロイがベッドに腰掛けて、来てくれと腕を伸ばす。望まれて一歩、一歩。エドは扉から背を離し、重い足を進めていった。彼の元へと。

触れられる距離まで来た時、腰に腕を回され、引き寄せられた。突然の抱擁に驚いて声を上げる。
「こんなっ、嫌だ……」
彼の肩を手で押し返す。この程度の抵抗が何になるのか。
ロイは気にとめた風もなく抱き篭めて、ベッドに倒される。覆いかぶさられて狭まる距離。彼の匂いがして心臓の鼓動が早まる。
ロイが、自分のシャツの襟元を開いていく、骨ばった手の平、硬い指先が目に入り、エドは慌てて顔をそらした。
自分で脱げと言われないだけ、今日はましだ。けれど脱がせられるのも同じくらいに恥ずかしかった。それを見るのも嫌だ。
左腕で目元を隠す。視界を遮れば、それだけ体は敏感に反応した。触れられた箇所から、ロイの冷えた体温が伝わってくる。
肩が震える。反応する体に、身の置き所がない気分を味わう。
わけがわからなくなった方がましだった。上がりそうになる声を必死で殺す。釦は全て外れて、促されてシャツの袖を抜く。
ロイが首や肩、腕に唇を落としてきた。こうやって、体中に数え切れないほど口吻けてくる。自分が欲しがるまで焦らす。
それが彼の抱き方だった。やめてくれと拒んだところで、力がないから止める事もできない、それが自分の罪だ。
露わになった胸の尖り。
触れられる前から、期待でそこは上を向いていた。男の少し荒れた指の感触に、ますます硬くなっていく。恥ずかしくて、気持ちが良くて、たまらない。
体の奥がざわついたのを感じた。そこに触れられるのは、まだずっと先だ。


時間をかけて蕩かされていく。そうして理性が失われていく。
もっと指で触っていじって、転がして。舐めて、噛んで欲しいと言葉にしてしまいそうになるくらいに、溶けていく。
誘惑は絶ち難かった。言葉にさえすれば、ロイはどんな淫らな事だろうと叶えてくれるから。
残った理性でエドはそれを振り切る。
駄目だ、手で唇を抑えていたけれど、それだけじゃ声が漏れる。彼の望むまま言葉にしてしまう。エドは落ちたシャツを噛んで、必死で声を殺す。シャツは唾液で濡れそぼり、酷い有様だった。
どうやってこれを着て帰ろうかと場違いな事を考える。頭を別の事でいっぱいにして、やり過ごしたい。
しかし、男が許してはくれなかった。
触れていた指が離れていく。嫌だ、もっと。何で触ってくれないんだと言葉ではなく、目でねだってしまう。ロイに知られた。目が合った。顔を背けて、すぐにそらしたが無駄だった。

ロイに浅ましさを笑われて悦ばれる。ねだればいいと。彼の表情が視界に入り、エドは己を恥じた。
頬ばかりでなく、耳まで赤く染まっていく。触れられる前はあれほど嫌がっても、少し触られた程度で興奮する自分をどう思っているのか。
「好きだろう、鋼の。ここを弄られるのが」
舐めてやるから、それを取ってしまえと。シャツを引かれる。
舐めて、もらえる。心よりも先に体が悦んで、金の両眼が潤む。ロイに言われるまま、エドは口からシャツを出した。
唇から透明な唾液が伝って、顎に落ちていく。ロイが指で乱暴にぬぐい取ってくれた。これでさえぎるものがなくなってしまった。
肌に、ロイの髪が触れてくすぐったい。すぐに熱い舌で、つつかれて絡め取られる。押し潰されて、それを慰められるように舌全体で舐められる。

右だけじゃなく、左もどうにかして欲しい。耐えきれず、こっちも触ってくれよとねだってしまった。なのにロイは聞いてくれない。
片方は君が慰めろと、強要される。自分でするのは嫌だと首を振っても、手首を取られれば、それ以上逆らえなかった。
硬くなった胸にエドは自ら触れる。
指で潰すように転がす。たまに爪を立てる、その度に太腿が引きつった。押し付けられたロイの熱を感じて、興奮は増していく。
「んっ……」
ロイの前でそんな真似をする事に、体の奥の熱は上がるばかり。
そして胸から舌が離れていく。空いた片方が寂しい、唾液で濡れたせいで冷たくも感じる。だから右も自分で弄った。気持ちよさを追いかけるのに夢中で、ロイに見られているのに、止まらない。
最初はここまでじゃなかった。抱かれて変えられていく自分の体が酷く怖かった。


口を開けるように、ロイの指で促される。拒む事なく、エドは従順にその指を迎え入れ、舐めてみせた。
中の方まで入り込んでくる、戯れに彼の指を噛んでも、ロイは顔色一つ変えなかった。自分に噛み切るだけの覚悟はないと、見抜かれている。
いつの間にか、その指を舐めるだけではなく、舌を絡めてしゃぶっていた。
爪と皮膚の間を丹念に舐めていく内に、唾液が口の端からこぼれて顎を伝っていく。上手くなったとロイに囁かれる。掠れた声に宿るのは、興奮と情欲だった。
彼の、指だけではない、この後に何を舐めるかわかっている。舐めるのは、好きだ。匂いも、染み出る味も、形も。ロイが自分にそんな真似を強いてくる事に、興奮するからだ。
やめろ。
この男はロイじゃないんだ。だったらどこが違う。言ってみろ。何もかも、自分が知っている彼のままだろう。だから拒めない、傷つける事なんて絶対にできない。
指が口内を好きにあさった後、そこから出ていく。追いかけそうになるのを必死でこらえた。
「鋼の。気持ちがいいだろう?」
「やあ……っん」
声に、弱い。愛しい者へと呼びかけるような声を男が出すからだ。
鋼のと、もう一度呼びかけられる。
「や……」
ロイに呼ばれる度に、声が上がった。
俺のせいじゃない、好きな男の手で触れられているんだ。

感じてしまうのはしかたない。俺のせいじゃないといつの間にか声に出していた。ロイは君は何も悪くないと慰めてくれる。
「っ……あんたの、せいだ」
「ああ、全部私が悪い。だから……」
髪を梳かれて、促される。濡らしておかないと、きつい思いをするのは自分だから。それはもはや言い訳に過ぎなかった。
舐めてしゃぶる事を望んでいる自分がいる。
自分を庇って右肩に残された傷跡、そして硬い腹にある火傷の痕。薄くなる気配もなく、無残に広がっている。そこに口吻ければ、皮膚とは違った感触が唇と舌に返ってくる。
弟が教えてくれた。
これはウロボロスを殺した時に、彼が自ら傷口を塞ぐ為に灼いたのだと。その彼がウロボロスに囚われているとは皮肉な話だった。
ロイの指と同様に傷跡も丹念に舐めていく。少しでも良くなればいいと願いを篭めて。だってこれは彼の体だから。
そこじゃないだろうと、ロイにまた髪を梳かれた。言われるまま下に伝っていく。
……熱くて、硬くなっている。
音を立てて口吻けて、舌を出して根元から先端まで舐め上げた。
塩気を帯びた苦い味が口の中に落ちてくる。喉に絡み付いて、なかなか飲みこめなかった。
「……んっ」
喉を鳴らして飲み込むと、髪ばかりでなく、首筋をくすぐるように撫でられた。中に入れて吐き出すまで、ロイは満足しない。
まだだ。足を割られ、太腿を伝う手に、声が上がった。

足に触られただけなのに。この後どこを触って舐められるかわかっているせいだ。
指と舌で、中を広げられていく。そして唾液で濡らされていく。中を舐められて、擦りつけるように舌が抜けていく。
入れられる時よりも、抜かれる時の方が感じる。それも知られている。自分の体なんて、全て彼に暴かれてしまった。


中で吐き出されたが、ロイの熱はまだ冷めなかった。体を離してくれない。
一度では済ませてくれないのか。
これ以上は嫌だ。おかしくなる。ここを出て帰る事ができなりそうで怖い。
逃げなければと、とっさに浮かび、エドは汚れた体でもがいて、少しでも距離を取ろうとする。ロイがそれを許すはずがなかった。腕を掴まれ、生身の右脚に乗られ、体重をかけられる。

ロイは床に落ちていたシャツを拾い、それを歯で噛み、裂いていった。
何をするつもりか。
怯えた目で彼を見上げれば、シャツの残骸で両腕を縛り上げられる。力の入らない体には、それだけの拘束で十分だった。
心にある怯えが増していく。縛られたのは久しぶりだった。
「もういやだ。やだ……おれはっや……」
「私はまだ足りない」
エドは首を横に振って、顔を背ければ、鋼のと囁かれる。その声にはもう騙されない。
「やだって言ってるだろ……大佐の、にせものだから。俺にこんな事するんだ。やだぁ……んっ」
幼い子どものように嫌だと、そればかりを繰り返す。
男はそれが気に喰わなかったらしく、唇で声を塞いで来た。

離れては、また角度を変えて合わせてくる。口内を犯す舌の熱さが気持ちよくて、いつの間にか自分から絡めて求めていた。
追えば、逃げるように離れていく舌。注ぎ込まれた彼の唾液を喉を鳴らして飲み込む。もっと舌を吸われたい、彼の唾液を飲みたいと欲求のままに動く。
エドは己の舌を差し出したところで、わずかな正気が戻ってきた。ロイが面白そうにそれを眺めていた。
嫌だと口にしながらねだっていた自分に気づいて、息を飲む。そうしてロイも笑みを消してきた。普段は隠している傲岸さを露わにしてくる。
「まだ足りないんだ」
耳元に、注がれるロイの声。もっと欲しくてたまらないんだと。

そこまで求められる事に対して感じたのは怖れだけだったのか。否定の言葉よりも、上がりそうになる嬌声を、どうにか抑えようとエドは奥歯を噛む。
「苦しいだろう。こらえなくていい」
縛られた腕でもがくが、力が入らず拘束は解けなかった。
余計に布が食い込んで、痛みを覚える。明日には痕になって残る。それをまずいと感じるだけの理性が残っていた。
もし誰かに見られたら。
腕を解いてくれと望むが、ロイは頷いてくれなかった。自分の望みを叶えてくれない彼など彼ではないと、蕩けた頭の隅で、否定する。
「あんたなんてっ……おれの大佐じゃない」
声が震えてしまう。
「君の知っている私はどんな男だ」
「おれの、大佐は。おれに、こんな事しなくてっ……いつも助けてくれて……おれが馬鹿なことしても、見捨てないでくれて」
だから、自分も彼の助けになりたいと願ったのだ。あの夜はそれを伝えたかった。結局は叶わなかったが。
「そんな都合のいい男がいるか。大方、君の言う事を聞くのに飽きたんだろう」
ロイが嘲笑ってくる。やはりそうなんだろうか。だから彼は自分の元へ戻って来てくれないんだろうか。
悲しくて、また涙が溢れる。
「ふっ……」
しゃくりあげる声を抑える事ができない。泣きすぎて目も頬も腫れてひりついた。

ロイが指でぬぐおうとしてくれるが、硬く荒れた皮膚の感触に痛みを覚える。眉を寄せて、それを避けようとすれば気づいた彼に、舌で舐められ涙を吸われた。
「嘘だ、泣くな。私が聞いてやる。幾らでも言えばいい」
聞いてやらなかった事はないだろうと、囁かれる。自分の願いを叶えてくれていたのは、この男ではない。違うと、拒む。
「おれの大佐じゃねぇくせに」
君のものになった覚えはない、なんて皮肉を返してきたくせに。
ロイの声で嗤われて、本当は酷く傷ついた。自分のものではないと、わかりきっている。
「すまなかった、もう言わないから許してくれ。私は君のものだ」
ロイは金の髪を撫でて、額に口吻けてくる。本当にそうだったらいいのに。

だって、俺は元から大佐のものだから。


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