Deep dark of the night 4「抱いていってやってもいい」 寝室まで。 動こうとしない自分にそう問うてくる。 怯えた目を向ければ、ロイはわずかに笑みを浮かべてきた。それはいつも自分を安心させる為に見せてきた表情と同じで、こんな状況でなければ、恐れも不安も何もかも消えるだろうと思えた。 エドは喘ぐように小さく声を漏らしたきり、何も言えなかった。 自分で、歩くと言わなければ。けれど唇が強ばる。 答えられずにいれば、ロイは両腕を伸ばして自分を抱きかかえて来た。 彼は決して気の長い性質ではない、そんなところも同じなんだろうか。 簡単に抱えられてしまう自分の体。彼との体格の違いを思い知らされているようで悔しくて、悲しかった。視点が変わり、ロイと目線が合う。 もし床に落とされたどうしょうか。しがみついていなければ不安だったのでロイの肩に手を置けば、シャツの襟元から痣が覗いていた。慌てて目を逸らす。 この男はロイではないのだ。眼差しや笑み、声が幾ら同じでも。 これから彼の思うままにされる。何をしなければいけないのか、何をされるのかまではわからなかったが、肩や腕が震えた。 それに気づいたロイが、どうすれば私を怖がらないでくれる?と請うてくる。苦笑の混じった声にまた惑わされそうになる、この弱さ。 「怖がってなんてねぇよ。全然……」 強がりでも吐いていなければ、どうにかなってしまいそうだった。 それよりも自分をこんな風に抱き上げて平気なのか、怪我は完治していないはずだ。それ程に彼の傷は深かった。傷がまた開いてしまったら。 「大佐、それより怪我っ」 降ろしてくれ、歩くからと慌てて言えば、大した事はないと答えてくる。 嘘だと反論するが、ロイは自分を離そうとしなかった。逃げると思っているんだろうか。 寝室の扉を抜けて、丁寧にベッドに下ろされる。 エドの前に跪いたロイが、頬を撫でてくれた。そして口吻けられる。髪をかきあげて、額に、こめかみに。耳元にも。それは手馴れた愛撫だった。 乱暴にされた方がましだと呟けば、君を相手にできるはずがないだろうなんて。酷い嘘をついてくる。嘘ばかりついて。さすがウロボロスだなと罵る。 喚く自分に手でも上げてくるかと思ったが、ロイは代わりにキスを落としてきた。私は私だという言葉と共に。慈しむようにまた頬を撫でられる。声を漏らせば情交の再開だ。 告げる言葉は、優しい手を裏切っていた。 「服を脱いで私に見せてくれ、鋼の」 男の酷い要求に、エドは息を呑む。答えられずにいれば、耳元で囁かれる。「早く抱きたいんだ」と。 欲の滲み出たロイの声を、初めて聞いた。こんな声で女を抱いていたのか。今まで散々耳にしてきた彼の醜聞も納得がいく。この顔と声があれば、誰が相手でも落ちるだろう。 違いがはっきりあればよかった。口調も態度も、ロイのままなんて罰を下されているようだ。 記憶にある強欲の口調はもっと粗野なものだった。リンに宿った時は、口調どころか声さえも違っていた。 ロイには何も変わりがないなんて。 七つの大罪、お前以外の仲間を滅ぼしたから恨んでいるのか、これは自分に対する復讐なのか。眼前の彼に問うたところで、答えは得られない。 エドの頬に、また涙がこぼれていく。落ちた涙は服を濡らした。さっき収まったと思ったのに。泣くだけ無駄だと己に言い聞かせて、エドは乱暴に手の甲で涙をぬぐう。 涙を止めようとしても、腫れてしまうからよせというロイの声に、またこぼれてしまった。体の水分がなくなりそうだ。 態度に違いがないなら、せめて容赦もなく犯して欲しい。殴られるのや蹴られるのと同じ、ただの暴力だと思えたはずだ。 釦を外そうかエドは迷う。 逃げようとすれば、ロイは逃がしてくれるのかもしれない。そうしてもっと酷い事態に陥る。その時後悔しても遅い、嘆いたところでどうにもならない状況に追いやられているんだ。 乱暴に奪うのではなく選択権を残してくるなんて、彼らしいやり方だった。選ぶ道など決まっている。彼もそれをわかっているんだろう。 俺が大佐に勝てた試しなんて、ないんだ。結局はロイの言葉のとおりに従うしかない。 指に力が入らなくて、釦一つ外すのにも時間がかかった。 彼がそれを焦らせる事はなく、目を眇めて、ただひたすら見つめてくる。そこに本気があった。何があっても、引いてはくれないのだと、痛感する。 今まで、どんな風にロイと接して来たか。 自分が悪くても、ろくに謝る事もできなかった。拗ねたそぶりを見せれば、彼は甘い顔を見せて機嫌を取ってくれる。 あんな風に大人に甘やかされた事がなかったから、それに溺れた。弟には、彼に甘えすぎだと小言を言われたけれど、聞き逃していた。 俺が悪いんだ。 半分ほど釦を外し終わった時に、ロイが自分の髪を解いてきた。金の髪が頬や肩に散らばる。 距離を寄せてくる男の喉が動くのが見えた。まるで獣のようだ。知らず後ずさろうとすれば、それを阻まれる。距離は埋める為に覆い被さるようロイが圧し掛かってきた。 感じるのは鎖骨を這う唇と舌。舐められたところから火がついて、疼くような感触に耐え切れず、ロイの肩を押し返すが、それも無駄だった。その手まで握りこまれて、口吻けを落とされる。疼きばかりではなく、今度は痛みが走る。 何をされたのかと思えば、きつく吸われて、手首の内側に痕を残された。 「あっ…や」 痕を残すのはやめてくれと、止めようとしたが、口からこぼれたのは、意味を成さない甘く蕩けた嬌声。 すがるものが欲しいと、目の前の男に腕を伸ばす。シャツの下に潜む筋肉と骨を感じて大人の男だと、改めて思い知らされた。 手首から辿って、腕にも口吻けられ、今度は歯を立てられる。彼の咥内に自分の肌が取り込まれる。舌を這わせられ、また声が上がった。 足にも腕にも。そして胸にも。体中に口吻けられ、噛み跡さえも残された。 そうして体の奥にゆっくりと指が入り込んでくる。ここで犯されるんだ。 「たい、さ。やっ……やだ、あ、あっ……痛っ……」 入り込んできた指が、引き抜かれる。その繰り返し。慣れた頃に、それが中を広げるような動きをしかけてくる。 「どうした、どこが辛い。痛いのか」 痛い、というのは嘘だ。本当は痛くない。それよりもっと抜き差しして欲しい。嘘だとわかっているロイは、その欲求にすぐに応えてくれない。どこが痛いのか教えてくれと言葉を重ねてくる。 気づけば、もっとしてくれたら痛くなくなるとねだっていた。 こんな声を誰かに聞かせたのは、初めてだった。 嫌だ、ロイだからこそ聞かせたくない。ねだって正気に返った後、エドは奥歯を噛み締めようとする。それでは足りず、手で塞ぐ。 いっそ、何か噛むものが欲しい。自分の左腕を噛もうとすれば、それを止められた。傷になるからと。 「君に触れるのは、私が初めてなんだな」 「……っ初めて、な……て」 恥ずかしい。言葉でなぶられている。 俺は男なのに、大佐に抱かれてるんだ。それを意識せざるを得ない。 大佐は初めての男なんだ。 「誰かの手がついていたら、そいつを灼いてしまおうと思っていた、鋼の」 男でも女でも、という意味だと気づく。どこまでロイの意思が関わっている。 大佐が、俺にそんな事思うはずない。 けれど灼き殺そうと決めたなら、ロイは躊躇わないだろう。 容赦のない男だと薄々気づいていたが、彼はそれを自分の前では極力隠そうとしていた。だから自分も気づかないふりをして甘えていた。 今は全てを晒してくる。 怖かった。 ロイの言う『誰か』なんて、いるわけがないのに。手足が機械鎧で、傷だらけの体に手を伸ばすのは彼だけだ。 どうして自分にこんな真似をしかけてくる。胸の内に巣食う欲をはらしたいだけなのか。だからどんな外見をしていても構わないのか。 暇つぶしに過ぎないのかな。そうだ、遊びなんだ、これは。 彼の事を思う程に、涙がこぼれていく。いい加減に泣きやんだらどうだと自分に問うてみたが、それでも涙は止まらなかった。 好きなだけ指でいじられて、また声を上げさせられる。 そうして押し当てられた熱。入れられるのが怖い。しかし感情とは裏腹に、体の奥がひくつく。まるで期待しているような反応を返すそこ。 ロイにも、それを知られた。目が合った。たったそれだけの距離さえもロイは埋めたいのか、汗と涙で汚れた頬に口吻けて、耳朶を甘噛みする。彼に触れられる箇所が熱かった。まるで焔のように。 こんな事自分は望んでいないはずなのに、体に裏切られていく。 最後には腕を投げ出して足を広げる、そんな姿態を取らされている事も、気にならなかった。 痛いとまた声を上げる。痛みよりも気持ちよさの方が変わらず強かったが、気持ちいいなんて絶対に言えなかったから、痛いと言うしかなかった。 すると、どこが痛いんだとロイに慰められて、また体を暴かれていく。 あの日から夜明けを見た覚えがない。 ずっと夜に囚われているような気がする。そして彼の腕に落ちるしかない。 何をされても、拒む事はできなかった。 |