Fight 6



あの子どもと家族になりたいと願った。
慰めでも嘘でもない。頷いてさえくれるなら、本気で叶えようと思った。『いつか』という未来を信じたかった。


教会の鐘が鳴っている。雲をつき抜け、天まで届くように高らかに鳴り響いていた。
今日は死者を厭うものではなく、花婿と花嫁を祝福する為のものだった。東方の空は晴れ渡り、二人を祝福するに相応しい陽光を振りまく。
石造りの教会、内には厳かな空気が漂い、黒のカソックに身を包んだ神父が詩句を唱える。祭壇の前に跪いて、一生の愛を誓う二人の姿がある。
病める時も健やかなる時も、互いを信じ、助け合い、愛することを誓います。
十字を切る神父の手をロイは見つめた。何ら感慨を抱くこともない。いつになったら、この茶番から抜け出せるのか、そちらの方が重要だ。
今日の主役である花婿が自分の部下だった。
彼の父親は、中央司令部の役職持ちでその縁故から出席せざるを得なかった。花婿が東方司令部付けになった時も、父親の方からわざわざ電話をもらったくらいだ。
本来は手元に置きたかったらしいが、さすがに身贔屓が過ぎるということで地方に回された。どうせ二年もしない内に呼び戻すだろう。よろしく頼むと言われたところで、目に見えた贔屓をするわけにはいかない。せいぜい危険な現場に配置しないというくらいだった。

列席者の半分は濃紺の軍服を纏っている。自分の直属の部下の顔もちらほらと混じっていた。ハボックが彼の同期だった。
式の後はガーデンパーティ。教会の庭が特別に開放され、辺りは白薔薇と百合で飾り立てられている。
触れれば、薔薇の棘が全て処理されていることに気づいた。幾ら金をかけたものかと下世話な勘定をしたくなる。まあ金をかけるのも当然だろう。
女性にとっては一生に一番、大切なことらしい。
主役はどこにいると視線をやると友人に囲まれ、祝福を受けていた。花嫁の顔は白のヴェールに覆われ、ここからでは見えない。レースが陽光を弾き、粒子が煌いている。下に潜むのは化粧で彩られた顔か。
回ってきたボーイから、ロイはフルートグラスを受け取る。白い手袋が邪魔だったが、まだ取ることはできない。
一刻も早く退席したいが、もう少し付き合わなければ。義理を果たすには、後一時間ほど場にいる必要がある。整えた髪も崩してしまいたい。
唇を湿らせる程度に、気泡の立つ液体を喉に流し込んだ。家に戻った暁には好きなだけ呑むとしよう。
ちょうど花婿の父親がこちらに向かって歩み寄ってきた。美しい女性であれば好ましいが、そうも言っていられない。
ロイは内面を隠して、口元に笑みを刷く。
さあ、決まりきった会話をしようか。挨拶と出席の感謝を受けて、これからの面倒を頼まれる。それだけのことだ。

そうして人々の輪から抜け、一足先に庭を出ていく。背後からは何度目になるのか乾杯を告げる声が聞こえた。
外の空気に触れると、ようやく息をつくことができた。
上げた髪をおもむろに崩すと、整髪料の匂いが鼻につく。子どもがこういった香りを嫌がるせいで、自然とつけなくなった。
曰く、大佐の匂いが俺に移って周りに知られたら困るだろ、だそうだ。移るほどそばに寄せてもらったことはまだ数えるくらいだったが。初めて口づけた時は耳まで赤く染めて、何をするんだと怒鳴ってきた、私の可愛い錬金術師。
次に逢ったら抱きたい。

自分を追いかけて、ハボックも出てくる。
「俺まだ呑んでいないんで送ってきますよ」
「気が利くな、ありがたい」
距離はあるが、歩いていくしかないと思っていた。ハボックとしては護衛も兼ねてと言ったところだろう。
司令官という役職なら護衛をつけておかなければいけないが、イーストシティは田舎町だからと理由をつけて、一人歩きを楽しんでしまう。
行き先は司令部まで。祝祭日だろうと関係ない。時期にすれば、エドがそろそろ訪れるはずだ。時間を作る為に働いておこう。定期的に連絡を入れろと言ってはいるが、守るのは二、三回だけ。
嫌われることを怖れ、あまり強くは言い聞かせられない。これほど甘くしても、自分のことを冷たいとエドは思っているらしい。
子どもの為を想うなら厳しく接し、正しい方向へ導いてやるべきだというのに、どうにも難しかった。
己の感情など、理性の管理下に置いてコントロールできるものだと思っていた。胸に抱く感情に気づく前の話だ。
今は心が落ちている。


一年前、エドは十三だった。
冬の夜に連絡が入った。あそこまで弱った声を初めて聞いて、ああ自分はこの子どもが好きなのだと、唐突に気づいた。そこに情欲が入り込んでくるとまでは予想していなかったが。
誰より大切だと改めて知れば、気持ちがあるべきところに収まり、傷ついたエドに何を与えてやれると考えた。
この子の家族になりたい。
励まして、守ってやりたい。同じ家の鍵を持って、同じ場所で眠る。
灯りがついた窓を見れば、必ずそこに帰って来たいと思うのではないか。大佐らしくないと返す、あの子の声は涙で震えていた。君が私の手を取ってくれるなら、何度でも言いたい。

運転席のハボックが声をかけてくる。
「先、越されちゃいましたねぇ。大佐」
「先?お前こそ心配したらどうだ。同期なんだろう」
後部座席に座ったロイは薄く笑い、皮肉を返してやった。ハボックの顔が見えずとも、どんな表情をしているか手に取るようにわかる。
「俺はいいんすよ。大佐こそ、皆が見てたじゃないですか」
軍部という組織の中で、一足飛びの出世を果たす手段は戦争で成り上がること。もう一つは軍閥の女を掴まえることだ。
家を抱える女もまた、どの男を選ぶか品定めする。自分達、男こそブロイラーのようなものだ。飼育舎から選び取られると、女に頭から喰われる。
「……誰に見られようと同じことだ」
呟く声は部下までは届かなかった。流れるように進む車中の景色に視線をやっていると、いつの間にか正門を越えて、司令部の中庭へと入っていく。これが壮年の将官ならもったいぶり、運転手にドアを開けさせるまで動かないものだが、時間を無駄にするような行いをするつもりはなかった。
ロイはドアを開けて、外に出る。
運転席に顔を覗かせ、「送ってくれて助かった」とハボックに礼を言う。「これくらい何てことないです」と答える部下に「残務処理までつきあってくれても構わんぞ」と脅すと、言葉に詰まった。

「嘘だ。式場に戻って祝ってやれ」
「大佐のように俺も見られたいもんっすね」
先ほどの冗談をまだ繰り返すか。ロイはわざと片眉を吊り上げた。
「さっきの話しの続きだがな、私には一生縁のないものだ」
「何言ってるんです」と笑いかけてくる、気のいい部下の顔を見つめた。そして目を伏せ、穏やかな笑みを浮かべる。
子どもとの約束は生きている。消え失せるのは、エドが他の相手を選んだ時。それまで自分は待つと決めたのだ。
「お前の結婚式なら、最後まで付き合ってやろう。早く相手を見つけて来い」
「そりゃ光栄です。大佐が出席してくれるの楽しみにしてますよ。でも俺の相手取らないでくださいね」
「取るか、馬鹿者」
たわいない会話を打ち切って、片腕を上げて礼の代わりとした。この部下なら、善良な気質の女性を連れてくるに違いない。
車の走る音が遠のいていく。地面を見れば、黒い影が落ちていた。仕事の場にあって、あの子を思い出すことはそうないのだが、まるで影のように離れてくれない。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -