Fight 2



騒乱を収める為、北方司令部を訪れた。白金の髪の女は自分を認めた瞬間、射殺しそうな視線を向けてきた。己らの手で片をつけることは十分可能であったろうに、割り込んだのはこちらの方だ。
直轄府の書状は有効であり、一年前、ロイの持たせてくれた紹介状とは違い、破り捨てられることもなかった。

お手を煩わせるまでもありませんと言った瞬間、殴られるかと思ったが、彼女は一瞥をくれ、去っていった。見知った幕僚も端にいたが、話しかけてくることはなかった。当然だろう。
今回の騒乱は、どう見てもドラクマの扇動だ。
アメストリス製ではない銃が混じっていた。製造ナンバーを削り取った跡があり、復元してみれば案の定、予想は当たった。国が貧しいのは、軍部による圧制が続いているせいだ。
崩れる時は内部から。だから早く、ロイが上に立てばいい。それだけが望みだ。
いい加減、足が疲れてきた。椅子さえ用意してくれないのだから困ったものだ。

「君の後見だった男。マスタング准将だったか。漏らさないでくれたまえよ」
両腕を背で組み、エドは直立の姿勢を崩さない。お前みたいな奴が、彼の名を呼ぶなと吐き捨てたくなるのをこらえて、代わりに笑みを浮かべた。
小奇麗な顔をしていると評されたのだから、それに似合いの表情を浮かべなければいけない。
ロイはそういう表情が上手かった。端整なあの顔の使い道がよくわかっている。だからお偉方に嫌われるのだろうが。
次もよろしく頼むと手を振られ、それが退室の合図だった。敬礼し、扉のノブを回して、エドは廊下に出る。次は何をするのだろう。

いいさ、どこにだって行くし、何だってしてやる。
人を殺したくないと訴え、銃を持つことに怯えていた過去が懐かしい。たかが一年前だというのに、俺は随分と変わってしまった。
だから大佐は、俺をそばに置いてくれないんだろうか。
そつのない笑みを浮かべ、心中で老人方に軽蔑を抱きながらも、実際、軽蔑されるような行いをしているのは、自分の方だ。
大佐は俺のこと、もう嫌いになったのかもしれない。俺の評判はろくなもんじゃないから。
最悪なのは、体を売っているという噂を流されたことだ。肩に落ちるくらいに、髪が長いのも原因であると知っている。
軍部に残ると決めた時、まず髪を切ろうと決めた。金髪に金の眼。幼い表情。認めたくはないが、それだけで弱みになる。わずかでも除けなければいけない。
弟の体を取り戻すという願いは叶い、髪を伸ばしていく必要はなくなった。
願掛けのつもりはなかったが、もし切ってしまって何かあったらと思うと、怖くて切れなかった。

それが今も切れずにいるのは、ロイが髪を切るのはやめてくれと言うから。男のたった一言にこうまで弱い。自分のことがわからなくなっていく。
直轄府という深みに嵌って、そこから抜けられず、ただ彼を想い、任務をこなす日々。実力は徐々に認められていっている。自分を忌避する下士官が、以前よりも少なくなっていると感じるからだ。
それが体で落としたかとか言われてて馬鹿らしい。反吐が出る。
廊下を歩きながらも、舌打ちが出そうになった。誰だって男より、女がいいに決まってる。
以前なら子どもが好きな人間に目をつけられることもあったが、子どもと呼ばれるその期間も終わろうとしている。
十七になったのだから。

誕生日は一人で迎えた。というよりも新しい証明証が来たことで、気づいたくらいだ。
部屋を退席し、こうして廊下を歩みながら、彼らが吸っていた紫煙の香りが追いかけてくるようで嫌気が差した。
振り返って睨みつけたいところだが、人に見られては敵わない。早く直轄府を出ようと、足早に行き過ぎる。
軍服を着替え、髪についた匂いを落としてしまいたい。総統府に繋がる回廊まで来た時、エドはようやく立ち止まり、息をついた。
外の空気が、肌に心地いい。
春が訪れようとしている割に、いつまでも寒さは引かない。春が来れば、夏となり。それから秋が訪れて、冬で終わる。一年などあっという間で、張り詰めた神経を、緩めている暇もない。


数週間ぶりに帰り着いた官舎のベッドに、エドは軍服を脱いだだけで倒れ込んだ。ブーツも脱ぎたい。髪も洗いたい。だが一度横になってしまっては、起き上がるのも面倒だった。体が疲れすぎて、かえって眠気はやってきてくれなかった。
背骨が痛いのは、銃を撃つ時の反動だろうか。もっと受け身を覚えなければいけないと教練の時に言われたのに。
取りとめのつかないことを考え、それから浅い眠りにつき、またすぐに目が覚める。深夜までその繰り返しで、睡眠時間は合計すれば大した量ではなかった。
深く眠れない原因は、疲れの他にもう一つあった。明日はきっとロイに呼び出され、その顔を見ることになるだろうと思って。

夜明けと共に目が覚めたが、中央の汚れた空気のせいで、朝焼けを見ることはなかった。体の汚れを落とし、何も考えず手だけを動かして身繕いを整えていく。
早朝とも言える時間で、総統府に人の気配はなかった。
自分の足音が床に木霊する。こうまで静まり返っていれば、そう悪い所ではないと思えた。
普段は人が多すぎるのがいけない。
男子トイレには洗面台がいくつか並んでいる。床は磨かれ、掃除の人間は既に入ったらしい。夜勤を終えた人間がよくここで髭を剃ったりしているが、自分一人きりだった。
蛇口から溢れる水を、何度も手に掬い、乱雑に顔を洗った。
頬から顎へ伝っていく雫を拭い去り、顔を上げれば、純度高い金の両眼が、鏡の中から見つめ返してくる。眠れなかったせいで疲れが抜けない。それを隠してもおけない、目元には隈まで出来ている始末だ。
みっともねぇ顔。
表に出るようでは、まだまだだ。エドは横に置いておいた軍服を取って着込む。肩章は年に不釣合いのものだった。纏った制服はちっとも似合いやしない。肩幅も身丈も足りてない。
濃青は彼の為の色だろう。

顔を洗った後、向かうのは直轄府へ。
建物の奥に、形ばかりの研究室をもらっている。昔は取り戻したいものがあり、命を削るように打ち込んでいた。今も一つ、解きたい錬成陣があったが、時間が取れず、上手くいかなかった。
ろくに使っていない机の上には真鍮の電話。
内線は全て記録されており、上の人間なら会話を傍受することも可能だ。
ロイの間諜だと疑われている。その彼から早朝、連絡がくれば、語るより明らかだ。お前はやはりマスタングの狗なんだろうと。
一度でも失敗すれば、直轄府にも捨てられる。

金属を擦り合わせるような音が室内に響いた。電話が鳴っているんだ。取らなければ。エドはのろのろと腕を伸ばす。左の耳元に冷たい真鍮の感触。それと同じくらいに、冷たい彼の声。
思っていた通り、呼び出しが来た。
三十分後にと告げられ、ぼんやりと椅子に座って時間が過ぎるのを待った。普段よりも短く感じた。こんなのあっという間だ。
胸元を探り、銀時計を取り出した。蓋を開け、確かめる。時間だ。行かなければいけない。次の瞬間、扉を開け、冷えた廊下を足早に過ぎ、総統府へ向かった。
今も鏡に映ったような酷い顔をしているはずだ。彼の前に立てば、どう思われるか。それだけが気がかりだった。
呼び出しを受けたのが、何の為かはわかっている。
早朝の時間帯を指定する辺り、忙しさは自分の比でないだろうに。勝手に北部へ出向いたのが、余程気に入らないらしい。
自分の身柄を直轄府から取り戻したいのだろう。こういった出向を差し止める、直接の権利が彼にはないのだ。

これが一番いい方法だと思っている。直接ではないにしろ、役には立っているはずだ。そうでなければ意味がない。直轄府に飼われていることも、軍に一人残ったことも。
こうやって力を溜めていき、彼に認められるのが、一番の夢だった。
故郷に帰るべきだとロイは言う、だから自分を使ってくれない。飼い主となってくれるのは、あの老人方しかいない現状だった。


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