I run with fen fire. 2ロイの記憶なら自分は忘れない。きっと忘れずにいられる。だから平気だと、エドは心の内で繰り返した。 これで何度目だろう。不安を消す為にそう繰り返していなければ、どんな愚かな事を言うかわからなかった。 行かないでくれとか、寂しい、ここにいて欲しいとか。それでは昨日の二の舞ではないか。笑って送り出さなければ駄目だろう。 「エドワード、どうした」 声に惹かれて、顔を上げるとロイは最初に訪れた時と同じく、軍服を身に付けていた。濃紺の制服を、最初は喪服かと思った。 ロイの髪や目に、深い色の軍服はよく映えている。他の人間が着ているのを見た事はないが、きっとロイが一番似合っているはずだ。そして初めて気づいた。エドは今までの不安を忘れて、素直に思った事を告げた。 「……あんたってすげぇモテるだろ」 これだけ見目が良ければ、周りが放っておかないに違いない。そうだ。『整っている』と思ったのに、今までその可能性に気づかなかった。 ロイは一瞬あっけに取られた顔を見せる。彼がそんな素の顔を見せるなんて珍しい。 俺今何を思った。珍しいなんて、ずっと一緒にいたみたい事。これは過去の記憶なのか。出逢ってまた一週間しか経っていないはずなのに。いや、記憶を失う前は、そばにいたのかもしれない。そうだったらいいと願った。 「突然どうした、誰に好かれようと意味はない。私には君だけだ」 「そんな台詞真顔で吐ける男のいう事、信用できるか」 胸に芽生えるわずかな違和感、これは既視感だ。 「どうすれば信用してもらえる、エド」 椅子に座ったままの自分に目線を合わせる為、ロイが背を屈めてくれた。この言葉もどこかで聞いた。 「じゃあ、俺手紙出すから、それに返事くれたら、ロイの事信じてもいいぜ」 「手紙をくれるのか、嬉しいな。少し遅くなってしまうかもしれないが、必ず返事を書こう」 遅くなるかもしれないという事は、きっと忙しいんだ。 ロイは軍部の中で相当な地位についているんだろう。返事をくれるなら、いつまでだって待てるから。 ロイはまずどこに帰るのか。それすら知らなかった。きっと自分は行けないような遠いところだ。 「絶対書くから。俺に返事書くの忘れないでくれ」 ロイは約束だと、手を握ってくれた。今日ばかりは照れくさいなど言っていられない。離したくなくて、エドも繋いだ手に力を篭めた。離したくない、このままでいたい。 「君の無事を祈ってもいいだろうか」 ロイは静かにそう告げてくる。頷けば、ロイは自分の掌に口づけてきた。唇が触れて、そして離れていった。 思ってもみなかったロイの振る舞いに、エドは言葉も出ない。一気に顔が赤くなってしまった。きっと耳まで赤いはずだ。 「悪い夢を見ないまじないだ」 礼を言うのが精一杯だった。きっと効き目がある。だってロイが祈ってくれたのだから。こんなに想ってくれているのに、目をそらしてなんていられない。エドはまっすぐにロイを見つめる。 ありがとうと心からの礼を口にする。 「俺も、毎日祈ってるからな。あんたが怪我しないように。無事に過ごせますようにって」 ロイが嬉しそうに笑ってくれたので、ほっと息をついた。絶対に祈ろうと心に決める。 彼を見上げていたせいで、軍服の胸ポケットから銀の鎖がこぼれている事にエドは気づいた。 「それ何だ?銀の飾りなのか」 「ああ、これは銀時計だ」 何気なく尋ねれば、ロイがそれを取り出してくる。彼の言う通り、銀製の懐中時計だった。手の中にそっと落としてくれた。 重みのある時計。表面には複雑な模様が刻まれていた。咆哮を上げた獅子が五芳星に捕らわれている。五芳星は錬金術の印だ。この時計は錬金術師である証なのだろうか。不思議な模様だと感じた。 「蓋開けて中見てもいいか?」 「構わない」 ロイの承諾を得てから、エドはそっと蓋を開ける。文字盤の硝子が綺麗だった。秒針がカチカチと規則正しく動いている。 そうして蓋の裏に日付が刻まれている事に気づいた。 いつだろう、エドは必死で思い出そうとする。カレンダーに今年の日付が刻まれていたはずだ。ここ最近毎日見ていたじゃないか、それくらい思い出せと自分に命じる。数字が頭をよぎる。 わかった。これって一年前だ。 「これロイの大切な日なのか?忘れないように刻んだのか」 だったら、自分は今日のこの日を覚えていたい。ロイのように何か大切なものに日付を刻もう。そうすれば覚えていられるはずだ。いい方法を知ったと、喜んだのもつかの間。 「そう。君との再会を誓った、大切な日だ」 「俺と?」 ロイが昨日の話の続きに、触れてくるとは思っていなかった。 きっと『約束』に関係があるのだ。約束をした相手が自分である事に満足しようと決めていた。これ以上聞いて、ロイを困らせたくなかった。 「私は君に逢いたかった、だからここに来たんだ」 鋼のとロイは囁く。 名の代わりに、直轄府から抹消された銘を。 一年前の、あの日。 銃弾に倒れ、死の淵を彷徨い、目覚めたエドを見舞う事すらロイには許されなかった。エドの立場は危うく、近づけば危険にさらす事がわかっていたから。 弟と幼なじみに守られ、リゼンブールに帰っていくエドを、ただ想うしかなかった。 それでも、いつか必ず故郷に逢いに行くと誓ったのだ。何年かかろうとも、必ず。まさかそれが一年で逢えるとは思ってもみなかった。 偶然だろうが、十一のエドと初めて出逢ってから、再会するまでも一年かかった。あの時は東方司令部にいた。必ず来るという確信を持って待ちわびていた事をロイは覚えている。 エドは銀時計の蓋を丁寧に閉じて、ロイの手に、そっと返した。 ロイと俺は、とエドは言葉を紡ぐ。少しの沈黙。続きを言葉にするには勇気が必要だった。しかし黙ってばかりもいられない。 時間は限られている。もうすぐ別れが訪れるのだ。ここで言わなければ、もう機会はないかもしれない。 「俺たちは……前に逢った事があるんだよな?だから逢いに来てくれたんだよな?リゼンブールまで」 語尾が掠れる。 一年前に再会を誓ったというロイ。自分はその頃、傷を負って病院にいた。 |