I run with fen fire. 1



最後の日は、快晴だった。エドは夜明け前に目を覚ました。一分一秒が惜しくてたまらなかった。
アルとロイの二人はまだ寝ているだろう。こんな時間に一階に降りていって音を立てたら、起こしてしまうかもしれない。
エドは窓際に立ってカーテンを開ける、明けていく空を見つめた。
東の方から少しずつ明るくなっていく空。濃紺が薄れて、菫色。朱鷺色に変化していく。月や星は半透明に掠れて、姿を隠す。夜が訪れるまで、しばしの別れだ。月の代わりに太陽、抜けるような青空をこれからの時間見る事ができる。
夜が前よりも好きになった。ロイの持つ色だからだ。ロイの色である夜が明けていく様は、本当に綺麗だと思う。他にどんな言葉で例えたらいいかわからない。ただひたすらに綺麗だと言うしかなかった。

夕焼けよりも、夜明けの方が好きだ。
だって何かいい事がありそうな気がする。いや、今日は違う。いい事なんて、あるわけがない。夜が明けて、昼になり、夕方にはロイとの別れが待っているのだから。

カレンダーにつけた印は六つ。今日で七つ目。
つけたくないなと思った。つけてもつけなくても状況は変わらない。ロイはここを出ていく。
雨でも降ってくれたら、足止めを喰らってもう一晩泊まってくれるのではないかと思った。自分の未練がましさに、さすがに苦笑がこぼれた。
「どうしようもねぇの、俺」
昨日、汽車で帰るのかとロイに聞いたら、迎えの車が夕方やってくると言っていた。
夕方という事は、ほぼ一日あるんだ。
昼食だって一緒に食べられるし、錬金術の話を聞く事だって。他にもたくさんの事ができるはずだ。時間ぎりぎりまで、ロイと一緒にいるんだ。そう自分に言い聞かせた。

昨日はもったいない事をした。
あんな風に自分から逃げ出したりしない。ここで一緒に暮らそうなんて我がままを言って困らせたりはしない。
ロイは約束をした相手は君だと言ってくれた。それが心の支えになる。約束したのなら、きっと二度と逢わないという事もないはず。ロイはまたリゼンブールに来てくれるのではないか。
だから自分の事を、たまには思い出して欲しい。これから毎日、朝夕アルと一緒にロイの無事を祈るから。日曜は教会に行く。さぼったりなんてしない。
そうだ、手紙を出すって事も伝えたい。字だってもっとたくさん覚えるから。
他には何ができるだろうと探して、後はもうない事に気づいた。エドはベッドに座り込み、膝に顔を埋める。

目を閉じると暗闇の中に、薄青の蝶が飛び交っていた。あの幻を捕まえたいと何とはなし思った。
そのままじっとしていると、窓の向こうから鳥の鳴き声が聞こえる。雲雀だろうか。慰められているような気持ちになった。
人との別れを経験するのは、これが初めての事だった。自分の世界にいたのはアルとウインリィだけで、二人がいれば他には誰もいらなかった。それなのに。
ロイが訪れて、全てが一変した。

でも逢えた事を後悔したくない。寂しくたってまた逢える日を思うから。エドはゆっくりと目を開けて、膝から顔を上げる。いつの間にか夜の気配は完全に払拭されていた。空は陽の色に染まり月も星も、もう見えない。
そろそろ一階に降りていってもいい時間だろう。エドは音を立てないように気をつけて階段を降りていく。下で眠っていたデンが自分に気づいて起き出す。
エドはデン、と小さな声で名前を呼んで、撫でてやった。するとデンは満足して、また床に座り込む。
テーブルに皿を三枚ずつ並べるのも、今日でおしまいだ。そう思いながら朝食を準備していると、まずロイが下りてきた。おはようと、自分から朝の挨拶を口にする。
照れくさくて、最初の朝は自分から挨拶する事もできなかった。名前を呼ぶ事さえも。ロイが呼んでくれたら嬉しいというから、夜にベッドの中で練習したのだ。

過ぎてしまえばあっという間の一週間だったが、濃密な時間だった。
もっと多くの事を話したかった、何を話したいかと聞かれたらわからない。ただもっと、と思ってしまう。
三人で朝食を食べると、アルが学校に行く時間がやってきた。ロイとはここでお別れだ。アルが戻って来た時には、ロイはいない。明日からはまたこの家でアルと二人きりになるのだ。
「覚えていてください。僕たちが待っている事を」
家を出るときアルは振り返って、ロイにそう告げた。エドの横に立っていたロイは頷き、「忘れない」と誓ったのだ。真摯な声に、清廉な眼差し。この男は決して忘れず、約束を叶えてくれるだろうと思わせる力があった。



昼まであっという間だった。
あまり食欲はなかったが、ロイの為に昼食を作った。午後は錬金術の本を一緒に見た。ロイは一つ一つ丁寧に図形を説明していってくれた。

その中に、フラメルという十字架に鳥の羽のようなものがついている図形があった。飛んでいってしまいそうだなと思って、図柄を指でなぞると、ロイがその手を取ってきて邪魔をしてきた。そんなふざけ合いをしている内に、部屋にかけられた時計が、四時を回った。ロイの視線でそれに気づいた。
ああ、もうこんな時間なのか。
初夏の今、陽は長く、朝と同じくらい外を照らしている。それなのにいつの間にか夜が近づいてきていた。
ロイと別れなければいけない。
エドの口数は段々少なくなっていった。よく泣かなかったものだと我ながら思う。ロイを困らせる事になるから絶対に泣きたくはなかったが、我慢できるかどうか自信がなかった。
胸には熱い塊があるのに、何故だか涙がせりあがって来る事はなかった。

ロイは服を着替えなければと言い残し、席を立った。エドは一人椅子にぼんやりと腰掛けて、彼が戻ってくるのを待った。俯けば、床の木目が見えた。何も考えたくなかったので、その節を数えていると、男の影が映る。
初めて逢った時みたいだ。
草原に落ちる雲の影を見た。そうして彼を。顔がよくわからなくて、目を凝らして見つめた。あまりに整った顔をしているから、人ではないかもしれないと思ったのは、絶対に秘密だ。


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