Learn to Be Lonely 6



銀時計を返上し、一から軍に志願したところで、何の戦歴もない自分では彼と言葉を交わすこともできなければ、近づくこともできないとわかっていた。
どうしてもロイのそばに在りたかった。役に立ちたかった。その為に鋼の銘を奪われるわけにはいかなかった。
嘘をついてはならない大切な相手に、最大の嘘をついた。自分はもう彼の錬金術師として在る事はできないのに、のうのうと彼に甘えていたのだ。
これが罪だった。許してくれなど、懺悔する資格もない。償う術もない。知れた時に別離が訪れる。ロイは許してはくれないだろう。当たり前だ。許しを請う自分が間違っている。だから命を捧げようと思った。
それしかあんたに上げるものが思いつかなかった。

死ねと言うのなら、この銃で頭を撃ち抜く。彼がそんな事を言うはずがないとわかっている。それにここで死ぬのは単に逃げているだけで、罰にはならないと思った。彼を安全な場所まで送っていかなければいけない。
軽蔑に満ちたロイの眼差しを見る事を怖れ、エドは顔を上げる事ができなかった。どこまで臆病なんだと己を罵った。
「……知っていた」
エドはその瞬間、目を見開いた。ロイは今何て答えた。それは想像していた答えではなかった。知っていたと言ったんだ。すぐに信じる事ができなかった。
いっそ夢でも見ているのかと思った。自分の嘘を知っていたなら、許せるはずがない。決して裏切ってはいけない彼を欺いて、錬金術師として在った自分の身勝手さを。
奥歯がかちかちと音を立てている。寒いわけではない。
「君が錬金術を失った事には気づいていた。しかしそれを言えなかった」
どうしてと、胸に湧き上がる。嵐のような強い感情に支配されて、いっそ叫びだしたい。心が耐えられない。




「鋼の、私のそばにいて欲しかったんだ」
ロイの呟きは夜の空気に溶けていった。聞くべき相手は深い眠りに落ちたままだ。
瞼を閉じたエドの頬には、睫の影が落ちていた。白い頬に触れれば、ひやりとした感触が返ってきた。金の髪にも触れればそれはさらりとこぼれて、こめかみの傷が顕わになった。
痛みを与えるのではないかと思い、傷痕に触れる事はできなかった。
昨日、エドが倒れた時は寿命が縮まったと思った。この自分がだ。今日はエドも体調が良さそうで、安心した。花を摘んで、墓に捧げて、そうして鳥の巣を特別にと、見せてもらった。一年前は想像もつかなかった。こんな状況になるとは。
あんな風に痛みを覚えるようなら、一度検査を受けさせた方がいい。イーストシティなら設備も医者も揃っている。紹介状を書いて、アルフォンスに渡さなければいけない。

ロイは眠るエドの顔を飽きる事もなく、見つめた。
軍服を身に着けていた頃は、大人びていたが、今は年よりも幼げに見えた。十四、五のようにも見える。
その頃、まだ君は旅をしていたな、北方に旅立っていく二人を見て、また逢おうと約束を交わした。『ずっとあんたのそばにいて借りを返していってやる』そう言ってくれて、どれだけ嬉しかったか。

罪は自分にこそある。皆が言うエドの失態の責任、そんなものをいくら取ったところで償いにはならない。傷は消えない、記憶は戻らない。
エドが錬金術を使えなくなったと気づいた時、怖れずに告げるべきだった。錬成の力がなくても構わない。そばにいて力を貸してくれ。
しかし自分はもう失いたくなかったのだ。親友を、部下を失って。この上、錬金術師までも。
「君が去っていってしまうと思ったんだ」
何も言えなかった。だから閉じ込めたかった、誰の目にも触れさせたくなかった。軍部にいる限り、エドを守れると過信していた。これが罪だった。エドをリゼンブールに帰さずに、軍部に縛り付けた。錬金の力を失った事に気づきながらも、見ぬふりをした。

己の醜さが子どもを傷つけたのだ。
あんたの理想の実現の為にと、皮肉げな笑みを浮かべて敬礼してきたエドを思い出す。
あの時、総統府にエドが来ていると聞いて、嫌な予感を覚えた。部下の制止を振り切ってそこに向かえば、目に映ったのは、こめかみに銃を突き付けるエドの姿だった。
死なせてはいけない。無意識の内にその銘を叫んだ。エドは振り返って、引き金にかけた指をとどめるかと思ったが制止を振り切るように、撃ち放った。
それでも一瞬の差で間に合ったからこそ、エドにためらいが生じ、目測が外れたのだ。
もう一度、エドの髪を梳いてやる。眠るその顔には笑みが浮かんでいる。幸せな夢を見てくれているといい。怖ろしい、嫌なものから遠ざけたい。そんなものは自分が負えばいい話だ。
罪は贖う。贖いきれるものではないが、一生を賭ける。信義を曲げて、戦争にも向かう。司令官として一世一代の指揮を執ってやる。
待っていてくれ。その為に必ず生きて戻ってくる。再び逢った時、エドが自分を覚えていなくても構わない。もう一度、ここに戻って来て君の顔を見たい。声を聞きたい。自分に向かって笑みを向けてくれるなら、もうそれだけでいい。

どんな醜態を晒そうとも生きていたいと思う。死ねば全てが終わりだとわかっているからだ。この子どもを愛しむ気持ちさえも失うのだ。
記憶を失っていても、こうやって故郷で弟や幼なじみと幸せに暮らしている。それだけで嬉しい。自分の支えとなる。
君が生きてくれている事に心からの感謝と、謝罪を捧げる。この心と体、焔を君に全て渡そう。
私は君のものだ。


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