Learn to Be Lonely 7結局、受けた任務は途中で放棄せざるを得なくなった。自分のせいではない、組織が別の要因で瓦解してしまったのだ。要因というのは内部抗争だ。急成長を遂げたものは潰れる時も早い。 そして自分は、現在謹慎の身の上だ。錬成能力に疑いがあると近々、直轄府から呼び出しがかかるそうだ。 まだばらされてはいない。そうされたくなければ身の振り方を考えておけと時間をもらったわけだ。 最悪の結末だ。 任務を成功させていれば少しは別だったろうが、それも無駄に終わった。 あいつは今頃、己の勝利を確信しているだろう。いくらでも想像できる。便宜を図ってやるから、その為に陣営を乗り換えて、マスタング少将を敵に回せ、力ない者を国家錬金術師に仕立て上げたと告発しろとか言ってくるに違いない。 力ない者。一年前までは確かにこの手に錬金術はあったのだ。 どうせ自分は終わりだ。自棄ではなく、そう思う。ロイに錬金術を使えない事を知られた今、何を守ろうというのだろう。しかも彼は自分が力を失っていた事に気づいていた。 憐憫をかけられたのかはわからない、怖くて理由は聞けなかった。迎えの少尉が来た後すぐに逃げたから。 考えている内に吐き気がしてきて、エドは洗面所に走っていった。ここ最近何も食べていない、出たのは胃液だけだった。苦しくて、しばらく体を起こす事ができなかった。 ロイに逢えない、結局はそれが一番苦しく悲しい。ここまで来て、そう思う自分が哀れだった。 何とか顔を上げて鏡を見れば、酷い顔色をした自分が映っていた。しっかりしろ、何もできない子どものように怯え隠れているわけにはいかない。 これから自分は晒し者にあう。尋問された場合、どこまで持つか。覚悟だけでは耐え切れない。自白剤でも使われれば、一発でおしまいだ。 ロイの迷惑になる事だけは、避けなければいけない。 考えろ、考えろ。時間はない。相手はいつやってくるかわからないのだから。裁く側は気まぐれなものなのだ。勘が告げている、下手をすれば今日やってくるのではないかと。 荷物を整理しておいてよかった。この部屋には私物は残っていないのだから。 銃はまだ手元にある。胸元にしまい込まれている。それに地位は剥奪されていない、少佐相当官のままだ。心中をしかけようだとかはもう思っていない、それより身の潔白は命でという方がいい。 迎えの下士官を押し切れば、自分の地位を慮って拘束という形を取る事はできないはず。銃を胸元にしまいこんだまま、あいつらの元までいける。 万一にも、銃が暴発なんてミスを起こしては困る。それに気づいて、エドはコートの中にしまいこんでおいた銃を取り出し点検を始めた。 早くしろと気が焦って手が滑りそうになる。再びしまい込んだその時、官舎の扉をノックする音が響いた。 自分の勘は当たった。 何人来たのか。動揺を表に出してはいけない。プライド高い鼻持ちならない錬金術師の顔を装った方がいい。 エドはゆっくりと部屋を横切り、扉を開けた。 「鋼の錬金術師にお越しに頂くようにと受けて参りました」 相手は五人、これくらいの人数なら逃げる事も可能だ。しかしその場限りの手段など用いて何になる。逃げれば彼の立場が悪化するだけだ。 「将軍が総統府でお待ちです」 表向きは茶会に誘うかのように丁重だった。馬車でも用意されているのではないかと思った程に。 通い慣れた官舎から総統府までの道のり。迎えの車には特殊な加工がされているらしく、窓から景色を眺める事ができなかった。 目を瞑っていても、どの辺りを通っているかわかる。後少しで総統府につくはずだ。門の辺りで車のスピードが落ちた。砂利道を少し行って、そうしてゆっくりと止まった。 車のドアが開けられ、降りるように促された。せめて晴れていればよかったのにと、場違いな事を思った。セントラルではよくある天候、今日も灰黒の雲が空を占めていた。 せめて青空をもう一度見たかった。まさか今日が自分の最後の日になるとは思っていなかったので、様々なものを見過ごしていた。 晴れた空の色、満天の星、白銀に輝く月。花の匂いを含んだ、甘い空気。 何だ、俺はリゼンブールに帰りたいのか。故郷を捨てられるものではない。だがここで気づいたところで遅すぎる。帰らないと誓った故郷を、胸に抱いて死んでいこう。 総統府の大階段を下士官に囲まれながら、エドはゆっくり登っていった。空が濁っているものだから、風も湿っていて肌に纏わりつくようだった。 建物の中に入り、それから長い廊下を幾度か曲がり、別棟についた。ここから調度も何もかも一変する。漂う雰囲気さえも。人の声も聞こえない。密談は厚い扉の向こうでというヤツだ。 あいつら全員揃ってんだろうな。俺を利用しようと手ぐすね引いてんだろ。 一番の悪者は、そんな罪を抱えてロイのそばにいた自分だ。 エドは表向き、殊勝な顔を作りながら、赤い絨毯の上を一歩一歩しっかりと踏みしめていった。死に場所としては悪くないはずだ。 身の潔白を立てる為に命を絶つ。理由はそんなものでいい。 ひとまず自分さえいなくなれば、後はどうとでもなるはずだ。錬金術の件も、うやむやにできる。ロイの周りにいる人間は優秀だから心配する事なんて何もない。大丈夫だと心の中で繰り返した。 エドは両手を硬く握り締める。鏡なんて見なくてもわかる。自分の顔色は相変わらず紙みたいに真っ白だろう。あいつら好きに取るんじゃないか。俺が怖がってるとか何とか。 そんな事どうだっていい。最後に想いたいのは、やはり彼の事だった。 迷惑ばかりかけてごめんな、本当にごめん。嘘ついて、騙して。あんた優しいから、俺の嘘知ってて言えなかったのかな。それもごめん。 大総統になっても、あんたのそばにいてずっと借りを返してやるんだからな。そんな子どものたわ言につきあって笑ってくれて、信じてくれて、好きだった。 好きだ。好きでたまらなかった。百回想っても、まだ足りない。 そうしてエドは重厚な扉を超えていく。己の命を終わらせる為に。運命が覆され、記憶を失い、リゼンブールへ帰る事になるとは知らないまま。 |