Learn to Be Lonely 5



呼び出しを受けた先は、真夜中の廃屋だった。できるなら暗号以外での接触は持ちたくなかったが、下の人間の都合なんてあちらはお構いなしだ。
エドは帽子を目深に被って、コートの襟を立てた。
夜中であっても、セントラルは人気の絶えない街だ。廃屋に着くまで、誰にも逢わないようにと願うばかりだった。もし逢ったとしても印象に残らないように振舞わなければ。
髪を染めておいてよかった。改めてそう思った。夜目にもはっきり金だとわかるから。
相変わらず月は雲の中に隠れて見えない。あの雨の夜から何日、何週間経った事だろう。晴れ間を見た覚えがなく、ずっと曇りか雨の日々だった。

廃屋の中は相当、荒れていた。
部屋として使えないほどの荒れ具合なものだから、浮浪者も寄り付かない。自分のような人間にとっては、ありがたい話だ。
庭には温室らしきものが残っていた。地面は泥でぬかるんでいる。歩くたびにズボンの裾は泥だらけになった。構いはしなかった。そういう暮らしをしている少年らしく見えて、ちょうどいいだろう。
連絡員は二人のはずなのに。男が一人庭に立っていた。エドは目を凝らして、相手を見つめた。銃の引き金に手をかけたまま。連絡手段が潜入していた組織に知られたのかもしれない。
男から敵意はなかった。返って嫌な予感がした。似た男を知っていたからだ。

男は黙ったまま、銃を抜く気配もない。長身に夜に溶け込むような黒い髪。ロイだと認識した瞬間、体から血の気が引いた。驚きや怖れが心に溢れ、手が震えた。握った銃を落としてしまうところだった。
護衛も連れず、一人でこんな場所で来るなど許せる行いではない、あまりに軽率だ。どんな立場にあるか彼はわかっているはずなのに。
心配のあまり、吐き気までした。かちかちと何かが鳴っている。歯の根があっていないのだと気づいた。
何故こんな真似をと、そればかりが脳裏に浮かんだ。胸が詰まり、言葉が出てこない。

エドはロイに走りよって腕を伸ばし、胸倉を掴んだ。こんな真似をしたのは、彼がロス少尉を殺したと誤解した時以来だ。
あれは今日と違って、月のはっきりした夜だった。細い路地裏で、周りにある建物が高いせいで、そこだけ深い闇が落ちていた。
その中に一人佇んでいたロイ。どんな表情をしているかわからなくて、それが怖くて、気圧されている事を気づかれたくなくて、彼に掴みかかった。
そうして初めて殴られた。
今はどう返しててくるだろう。殴ってもいい、蹴りつけてもいいから、こんな場所に来ないで欲しい。頼むから。
危ない真似をしないで欲しいと言ったロイの気持ちが、今わかった。

「……っ馬鹿か、あんたは」
掠れた声しか出てこない。息を吐くのすら苦しい。
「なあ、一人、じゃないよな?」
ロイの返答をわかっていながら、そう尋ねずにはいられなかった。吐き気はやまなかった。胃どころか全身が痛んだ。
「こんな場所に誰を連れて来れる」
「……こんな場所に一番来ちゃいけないのが、あんただ。頼むから、やめてくれ。本当に、頼むから」
何でもするからと、すがるしかなかった。それよりも早くここから出なければいけない。エドは銃の安全弁を下ろした。
「通りまで送る。それでハボック少尉に来てもらう……」
任務の最中だったが、構うものか。放棄してもいいと思う、ばれてもいい。それで拷問に遭おうがどうだっていい。一番大切なのは、この男だ。先を歩こうとすると、ロイに腕を引かれて止められた。
「君を、いつか私の元に連れ戻すと決めていた。それが何故こんな任務を受けている?」
脅されてるからなんて言えるか。仕方がないので俺は働き者だからと答えた。殴られるかと思ったが、ロイはやはり手を出してこなかった。

本当はロイの前で銃を扱うところを、あまり見せたくなかったが、これしか身を守る術がなかった。もうこの腕を刃に変える事はできない。
ロイは腕を離してくれなかった。自分はコートを着て、彼は手袋をしているものだから、お互いの体温は伝わって来なかった。冷たいのか暖かいのかも、わからない。
「鋼の腕があるだろう、銃に頼らなくても」
理由を問われれば、黙り込んだままでいられない。彼には尋ねる権利があり、自分には答える義務があった。
ずっと決めていた。懺悔はしない、代わりにロイから尋ねてきた場合は正直に答えると。
悠長に話している場合ではなかったが、決めた事は守らなければいけない。
ごまかす事も、できなくはなかった。腕が脆くなってるとでも何とでも。自分がそう告げれば、ロイは嘘だと気づいても何事もなかったように振舞ってくれるのではないかと思えた。
それはできない。これでも持った方なのかもしれない。もっと前に知られても、おかしくはなかった。

心臓が痛かった。張り裂けそうだと思った。振り向いて、ロイの目を見る勇気などどこにもなかった。エドは腕を捕まれたまま、俯いてぼそりと告げた。ぬかるんだ泥の地面を一心に見つめた。
「俺はもう錬金術は使えない」
声はロイの耳に届いたはずだ。彼はどんな顔をしているだろう。想像する事もできない。
アルの体を取り戻した時だった。
錬金術は等価交換で成り立つ。アルの体の代償に取られたのは、真理を見通す力。だから、この両手を合わせ祈っても、何一つ変える事はできない。構成式を解く事はできる、しかし二重の円環を地面に引いても、錬成の光は起きなかった。
真理を恨むわけにはいかない。人一人の体を取り戻すには、それだけの代償が必要だったのだ。

一度だけ許された錬成は、銀時計に刻んだ文字を直すのに使ってしまった。真理という存在が嘘をつくわけがないのに、もしかしたらまだ使えるのではないかと何度か両手を合わせてみたりもした。
焦りと絶望の数日を過ごし、それから隠し通すと決めた。国家錬金術という地位を失えば、ロイのそばにいられなくなるからだ。


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