ごめんなさい、貴方とは付き合えません。
そう告げた相手と二人っきりなんて、どんな図太い神経を持った人間でも無理だろう。
ましてや、

「(昼休みのコト、怒ってる…、かな)」

その告白の当日に、だ。





忘れ物を取りにもどった教室は、はじめはもちろん空だった。
彼がいるのがわかっていたら、のこのこ入っていくほど、私も馬鹿じゃない。
随分前にしまった記憶があるものの、すぐに見つからずにぐだぐだしていれば、がらがらと音をさせながら忍足くんが入ってきたのだ。
その姿を確認した瞬間に、ざぁ、と血の気が引いていく気がした。
伏し目がちに下げられた視線は、アホ面で彼の顔を凝視するまで私には気づいていなかったらしい。
眼鏡越しの切れ長な目が大きく見開かれたのを見た。

なにも、やましいコトはない。
そのはずなのに、すぐに視線をそらしただけでなく、なんの言葉もかけずに忘れ物探しに没頭しているフリをした。相当嫌な女ではないか。
理解して欲しいのは、好き好んでこの態度を取っている訳ではないというコトだ。
ツンケンしている訳がない。冷や汗がだらだら出るとはこの感じ。
一刻も早く忍足くんが用事を済ませて、この教室から出ていってくれるコトを祈った。



のに、神様なのか守護霊、背後霊なのか、コイツは実に馬鹿だと腹を抱えて笑っている様が見えるようだ。
突っ込んだ手にかつりと当たったのは、この数分探していたそれ。
思わず頭を抱えたくなる衝動を押さえて、ちらりと忍足くんを盗み見る。
荷物を置きに来たのかな、なんて思っていると、ぱっと目が合った。
その時の様子は、まさにギクッなんて音がよく似合う。

「…探しもんは見つかったんか?」

先に口を開いたのは、忍足くんだった。
その口調があまりにも穏やかで、拍子抜け。
…うん、と返事をすれば、よかったな、と微笑すら見せてくれた。
な、なんだぁ。さっきまでの緊張を返してほしいくらいに、肩の力が抜けた。
そうか、忍足くんは大人だから、すぐに切り替えるコトだってできるんだろう。
罪悪感や、なにやらがすぅ、と消えていく。
一気に軽くなった心のまま、先に帰るねお疲れさま、と声をかけて意気揚々と教室を出ようと扉に手をかけた。



「待ちぃや」



突然ガンッ!と大きな音がして、びくついて動きが止まる。
何事か、なんて振り向く必要もなかった。
開こうとしていた扉に、私の肩の上を通って、男の子の手が叩きつけられたからだ。
もしかしなくても私の後ろには忍足くんがいる。
肩越しに伸びた腕と、その体と、閉じたままの扉と壁と。完全に退路を経たれている。
その状況を理解した瞬間、止まったはずの冷や汗がまた吹き出して、扉につけられた手をじっと見つめるしかできなかった。

「なぁ、」

耳元で響いたあの、低くて艶のある声に、びくっと肩が跳ねた。
手がこの位置にあるんだから当たり前かもしれないが、背中とくっつくんじゃないかという位置に忍足くんの気配を感じる。近い、です忍足くん…!
早鳴りする心臓に涙腺までやられたのか、じんわりと目元が熱くなってきた。

「俺かて、フラれてすぐ切り替えられるような大人やないで」

小さな小さな息使いも、この距離だとただの凶器だ。
ドッドッと鳴る心臓は今にも壊れそうだ。
視界の端に深い青色が映った。
自然と息を止めてしまった。


「絶対落としたるから、覚悟しときや 」


それだけ言うと、目の前に叩きつけれていた手が退いて、反対側の扉から誰かが、多分忍足くんが教室を出ていく音がした。
向日くんが待っていたのか、楽しそうな声が廊下で響くのが聞こえた瞬間、思わずその場にへたりこんだ。
囁かれた側の耳が、熱くて熱くて仕方なかった。






肩越しに捕まえる




















壁ドン。顔見ないで後ろからの壁どんもいいのではないかと。ないかと。

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