沈黙が図書館は静かで、心地よくて。
読んでいた小説はとてもいいシーン、こころ暖まるような、ドキドキするような。
それが気持ちよかったんだろう。
ガッシャーン!
硬い床に利用者カードを撒いてしまった。
やってしまった…。
今だに利用者にあまり優しくなかったアナログなそれは、見事に床に散らばっている。
うたた寝していた頭をなんとか起こしながらカウンターの下にしゃがみこんだ。
1枚1枚拾っていると、束になった利用者カードが目の前に差し出された。
床を見ると、たくさん散ってしまったはずのカードはなく、どうやら手伝ってもらってしまったらしい。
ありがとうございます、と声を出そうとして、固まった。
「お、忍足くん…?」
「え、」
目の前にいたのは、忍足くんだった。
なんで、と声が出そうになって、喉に引っ掛かっては落ちていった。
「今日の当番て、F組じゃ…」
先に口を開いたのは忍足くんだった。F組…、あぁそうか。
「今日は、用事があるから変わって欲しいって言われた、んです」
彼は忍足の友達だった。
カウンターは高さがあって、屈んだ私の頭しか見えなかったのかもしれない。
差し出されたままのカードを、ありがとう、と受け取りながら腰をあげた。
カウンターの外に出た忍足くんはなにか言いたげで、沈黙。
「あ、あの忍足くん…?」
「あ、いや、なんでも…。あ」
視線を一度そらした忍足くんの目がなにかをとらえた。
それを追えば、カードが散らばった時に慌ててしおりを挟んで閉じた、読みかけの小説。
ふ、と忍足くんが安心したように笑う。
ぎゅっ、と胸が痛くなる。
「それ、捨てられた訳やなかったんやな」
「これ…?」
どうやら、忍足くんはこの本を探していたらしい。
確かに古めかしい本ではある。手に取ったのも、本当に偶然だった。
借りたいのだろうか?そう思って尋ねると、今日はいい、と答えが返ってくる。
「いつ来てもあの棚にあるから、俺くらいしか読まんと思っとったけど」
閉じたままの本の表紙を長い指が撫でた。
この本がよほど好きなのか、穏やかな表情を浮かべる忍足くんを思わずじっと見つめてしまった。
「なぁ、苗字さん。それ読み終わったら感想聞かせてくれん?」
「感想…ですか?」
「俺のお気に入りやから。どんな風に感じたか聞きたいんや」
ぱっ、と視線をあげた彼とがつりと視線がぶつかった。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
「わ、かった…」
なんとか声を絞り出してそれだけ伝えた。
私の答えを聞いて、にっこりと笑うと、ほなな、と緩く手を振って図書室から出ていった。
読み終わるまで内緒だよ
忍足祭4日目分
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