「ねぇ涼太、本当に来てよかったの?」
「いいんスよ」
平気平気、とへらっと笑う彼を見ても、安心なんてできなかった。
もちろん嬉しくない訳がない。
しっかりおめかしまでしてきたのだ。
気合いが入ってないなんて言ったら大嘘になる。
夏祭りに行こう、と誘われた時には涼太の仕事のコトも忘れて大喜びしてしまったが。
たくさんの出店の出た神社は人で溢れていた。
手を繋いで歩くカップルも、肩車する親子連れも、楽しそうにはしゃぐ友達同士のグループも。
いろんな人が入り乱れていた。
お祭りに行ける。
それしかなかった私の頭でも、この状況を見れば否応がなしに涼太の顔を見上げるしかなかったのだ。
「なんて顔してるんスか」
そういう彼は、今日だって本屋の雑誌コーナーでみたばかり。有名人なのだ。
特に10代の女子から根強い支持を得ている彼に、彼女がいるなんてばれてみろ、一大事になりかねない。
人気商売には死活問題だ。
「ねぇ、帰ろうよ」
「なんで?」
「だって、こんなに人がいるよ」
見渡せば、ほら。
涼太が載ってる雑誌の対象層の女の子たち。
きっと彼女たちだって、幾度となく机に雑誌を広げて涼太をかっこいいねと言ったはずだ。
彼女たちに申し訳ない。そう言いながら、胸がぎゅう、と痛んだ。
言えないね。言えないけれど、それはきっと建前。
本当はとっても楽しみにしていたのだ。
休みの日だって少ないし、出掛けるコトだってほとんどない。
学校は同じでもクラスが違えば休み時間も会う時間なんてない。
デートなんて、いつぶりだっけ。
お祭りは好きだったし、涼太からのお誘いなんて心が踊らない訳がない。
楽しみに、楽しみにしていたのだ。
だから、一瞬。涼太がモデルなコトも忘れてしまったんだ。
しゅう、と落ちていく気持ちを食い止めようと、財布と携帯だけ入った巾着を握る手に力を込めた。
きっと、きっと涼太が今あの人混みの中に入れば大騒ぎになって、一緒になんかいられない。
だったら、お家でいいじゃない。そうだ、それがいいのだ、きっと。
涼太の下駄を見つめながら、小さく小さく、かえろう、と呟いた。
胸が張り裂けそうなくらいに痛い。
ぽふり、と頭に手が置かれたかと思うと、涼太が突然向きを変えた。
待って、帰るなら私も、自由にならない下駄で地面を蹴ろうとすると、大きな手で制された。
「すぐ戻るから。そこでちょっと待ってて」
呆気に取られている間に、カラコロと下駄の音を少しだけさせて、目の前のお面を売る出店の前で足を止めた。
お客さんのいない出店のおじさんと何かを話して、本当にすぐにこちらへ戻ってきた。手には狐の面。
「涼太…?」
それをどうするというのか、様子を見ていれば、狐の面は涼太の顔を覆った。
これならバレないでしょ?
涼太の声は、楽しそうだった。
金色の髪の毛と、シルバーのピアスだけがさっきと変わらない部分。
引っ張られるように抱き寄せられ、顔に熱が集まる。
「りょう、」
「楽しみにしてたのは名前だけじゃない」
オレだって、楽しみにしてたんス。
ぱっと体を離される。
その代わりに今度は手が繋がった。
迷子にならないようにね?といつもよりも少しだけ強い力。
お狐様な彼にわかるように大きく頷いた。
こんこん
カードダス黄瀬涼太のあざとさ(死)
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