服よし、髪よし、持ち物もよし。
玄関前の姿見で自分の姿をしっかり確認してからお気に入りの靴を履いた。





「お待たせ。待った?」
「ううん、全然」

まだ時間前だよ、と言えば名前の方が早いじゃないッスかなんて返された。

体育館メンテでバスケ部はお休み。昨日まで続いていた夏特集のお仕事も終わった。だから遊びにいこう?なんて誘われれば私は喜んで首を縦に振るしかない。
久しぶりの涼太とのデート。
お泊まりに行っていた家のさっちゃんに、思わず抱きついてしまったのは夕べのコト。
楽しみで昨日の眠りは浅かった。

眼鏡と帽子で軽く変装をした涼太にナチュラルに手を取られた。

「じゃあ、行こっか」






ショッピングモールをうろうろして、買い物とお茶をして。
長いコト歩いたからか、少し足が疲れていた。
繋いだ手を緩く振りながら子供が帰った公園に寄り道。
自販機で飲み物を買って、ベンチに腰かけた。
たくさんお喋りもしたからか、流れていくお茶が美味しい。
ふぅ、と一息ついた時だった。

「あれ、今日は指輪してないんスね」

なんでもないような涼太の言葉に首を傾げる。
缶を置いて左手を開いた瞬間、一気に血の気が引いた。






滅多に取り乱さない彼女のその様子にオレは驚きを隠せなかった。
久しぶりのオフ。デートに誘った時の携帯越しの声はとても嬉しそうだった。
きっとバレてなんかないけれど、少し口許が緩んだ。

「名前!ちょ、落ち着いて…!」
「や、嘘…!なんで…!」

指輪をしていない。
オレのその指摘が何故か名前を動揺させた。
何故だかなんて、理由は分からない。
名前がいつもしているのは、オレが初めてプレゼントした指輪。
モデル業をやっているにしたって、その頃使えるお金なんてそこそこで。
付き合って初めてのクリスマスにあげたもの。
使えるギリギリラインのそれは、今からすればイミテーションもいいとこの安物だ。
それでも彼女はいたくそれを気に入ったらしく、逢うときは必ず付けてくれていた。
ペアリングでもないし、服に合わせたりだってするはずだ。
今日はたまたま着けていないんだと思っていたが、この様子を見るとどうやら違うらしい。

「探さなきゃ…、探さなきゃ…!」
「落ち着けって!」

オレの声も届いていないのか、公園の砂の上をキョロキョロと視線がさまよう。
オレだって、さっき気づいたのだ。この公園にあるかどうかすらも分からない。
むしろ、ショッピングモールにいた時間の方が長いのだ。
案の定、戻るといい出した彼女をなんとか押さえ込む。

「離して…っ、行かなくちゃ…!」
「あんなに広いとこなんて無理だって!」
「いや…、やだ…。探す、探すの…!」

腕の中から抜け出そうと身を捩るけれど、離してはやれない。
今離したら、一人で指輪を探しに行って、見つかるまで帰ってこない。
しっかりと、腕に力を入れ直した。

「離、して…よぉ…」
「ダメ。そんなコトさせられない」
「だって指輪が」
「あんなのただの安物じゃん」
「ち、違う!」

また買ってあげるから、と言うと俯いていた顔がぱっとあがる。
勢いのまま何かを言おうとしているのに声は出てこなかった。
言いたいコトを飲み込んだみたいに、苦しそうな顔をしてから「そうじゃない」とだけ小さく呟いた。
ポケットに入れていた携帯が震える。
着信らしく、長く続く震動にしかたなくボタンを押して耳を当てた。

『あ、きーちゃん?』
「桃っち?」
『ねぇ、名前いる?』
「いるッスけど…」
『よかったー!名前に怒っといてくれない?』
「へ?」






通話を終えて携帯をポケットに仕舞う。
腕の中でまた俯いてしまった頭を撫でる。

「桃っちから電話」
「…」
「名前のコト怒っとけってさ」
「…」
「指輪、桃っちの家にあるってよ」
「…!」

桃っち曰く、昨日名前が泊まった時に机の上に置いたままだったらしい。
外した直後にオレからの電話でデートに誘われて。今朝も急いで家まで帰ったせいで忘れてきてしまったんだそうだ。
感情が昂ると周りがみえなくなってしまうのは癖。
指輪があったと告げた瞬間に合った目に、無意識だろうか。涙が流れていた。

「よかっ、た…」

ぼろぼろと流れてくるそれを見ながら、髪を撫でていた手を頬に添える。

「そんなに気に入ってたんスか?」
「それだけじゃ、ない」
「どういうコト?」
「涼太が、くれたものだから」

一番の宝物なの。
涙はまだ止まらない。
だけど、幸せそうに細められた目は胸を打つには十分だった。

「そっかー。じゃあ、」

今度はお揃いのもん、ほしいッスね。
腕の中から一度離して、今度は手を握った。


手を繋いで













これはひどい。

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