「ニュース!ニュース見て!」
撮影中にスタジオを駆け込んできたスタッフさんに目を剥きながらカメラを置いて渋々ワンセグを開いた。
建物内だからだろうか、かっくんかっくんと写りが揺れる画面。
『本日、午後6時、地球は終わります』
それだけ言うと画面の真ん中にいたアナウンサーは立ち上がって消えていった。
チャンネルを回せど回せど、『本日、午後6時、地球は終わり』としか言っていない。
たった数時間情報が更新されない空間にいただけなのに、まるで浦島太郎の気分だ。
同じように携帯を眺めていたスタッフたちがざわざわと騒ぎ始める。
誰かが、とても大きな星が地球が小さく思えるくらいの星がぶつかるんだと言った。
誰も動けなかった。
だけど、だれもがそれを信じた。
一人が、ごめん!と叫んでスタジオから出ていくと、それを皮切りに一気にスタジオから人がいなくなった。
気づけば、スタッフは私だけ。
みんなの勢いで壊れてしまわないように咄嗟に抱えたカメラを抱いて、その場にへたり込んだ。
地球が終わるだって?
星がぶつかるだって?
全く実感が湧かなくて、稚拙なほどの想像力では理解するコトはできなかった。
「あの…、」
後ろから声をかけられて一気に意識が戻ってくる。
振り向くと、金色。
「黄瀬、くん…」
彼は今日の被写体、だった。
夏の新作だっけ。爽やかな服装が目に眩しい。
だけど、この姿を見る人はもういない。
その雑誌が本屋に並ぶ日はもう来ない。
いいんだよ出ていって、と声をかけるも彼は首を横に振った。
憂い気に下を向いた長い睫毛。
快活な印象なのに切れ長な目。
向日葵みたいに鮮やかな金色の髪。
均整のとれた体。
困ったように髪を耳にかけた瞬間に見えたピアス。
一瞬、一瞬だったけれど私には十分な時間だった。
思い出したのだ。
きゅっ、とカメラを抱える腕に力を込める。
膝に手をつくその腕をつかんだ。
「黄瀬くん。お願いが、あるの」
「へ…?」
「黄瀬くんを、撮らせて」
まだまだ未熟で名前が知られるなんてほど遠い。
だけど、今この腕の中にあるカメラは相棒であり、宝物なのだ。
いつか幸せな写真を撮りたい。
これが私の夢。
黄瀬くんが好きなコトってなに?
そう聞くと、彼は至極嬉しそうにバスケッス!と答えた。
日差しがだんだん強くなってきたが、夏はまだまだ。
ジャケットを一枚羽織って外に出ると、空は綺麗すぎるくらいに青かった。
幸いスタジオの外に大きな公園があり、バスケットゴールが設置されていた。
グーッと背伸びをするように伸びをしている黄瀬くんを一枚。
太陽光の下ではその金色の髪がもっと綺麗に光った。
パシッとボールがネットを潜る。
ボールを放る筋肉質な腕は無理なく伸びて絶妙なラインを作る。
勢いについていけない髪が少し遅れてつられていく。
何回も何回もシャッターを切った。
「黄瀬ぇ!」
丁度綺麗にゴールが決まった瞬間、大声で黄瀬くんが呼ばれた。
振り返ると、数人の男の子。青いジャージとエナメルバッグ。胸には「海常」の文字。も
しかして、と黄瀬くんを振り向く。
転がってきたボールもそのままに彼らをきょとんと見つめる黄瀬くんは、ただの男の子だった。
「せ、んぱい…?」
「携帯くらい見ろよアホ!」
つかつか歩いてきたかと思うと思いっきり黄瀬くんを足蹴にした。
痛いッス!と騒ぐ黄瀬くんを見て思わず口許が緩んだ。
そうか、彼らが黄瀬くんの大切な仲間なのか。(「ったぁ…。てか、先輩たちなんでここにいるんスか」「あぁ?お前を探してたんだよ!」「へ…?」「バスケすんぞ。一人でボールつくよか楽しいだろ」)
黄瀬くんを探してきたという彼らにも写真を撮る許可をもらってコート外でカメラを構える。ティップオフ。
鳥肌が立った。
一瞬でも目を離したら逃してしまうようなシーンの連続。
どこを切り取っても絵になるのだ。
たまらずシャッターを切る。
エネルギッシュな彼らの動きは一瞬でカメラのなかに閉じ込められた。
「名前さん」
一瞬の出来事のようだった時間を思い出すようにカメラを弄っていると、後ろから声をかけられた。
もう私ひとりしかそこにはいないと思っていたからぎょっとする。
黄瀬くんがいた。
さきほどまで一緒にバスケをしていた子たちは満足げに帰路についたはずだ。
みんなと一緒に帰ったと思っていたのに。
とりあえず、写真を撮らせてくれてありがとうと感謝の気持ちを伝える。
「私のコトは気にしないでいいんだよ」
さっきのみんなと一緒にいていいんだよ、大切な人のところに行っていいんだよ、そう言っても黄瀬くんは首を横に振った。
「名前さんは、今幸せ?」
カメラに一度視線を落とす。
仲間とバスケをする黄瀬くんが写っていた。
ゆっくりと、だけどしっかりと頷く。
心底楽しそうなそれは、誰かを幸せにできる力を持っている。
カメラを抱き締めて、もう一度ありがとうと呟いた。
「なら、よかったッス」
あの、
一瞬の沈黙と口ごもるような声に顔をあげる。
視線が合うと気まずそうに逸らされた。
それでも彼を見上げ続けると、意を決したようにクッとこちらを見据える。
「あの!」
「オレも幸せになって、いいですか」
今度は勢いに押されるように頷く。
だけどなんで私なんかに聞くのか、そんな疑問は抱き締められた混乱でどこかに去っていった。
「き、黄瀬くん?!」
カメラを抱き締めた上から筋肉質なその腕で抱え込まれる。
制汗剤の香りだろうか、スッとした香りがした。
「好き、です」
名前さんが、好きです。
突然の告白は、心臓をどくりと動かした。
相手は高校生で、私は端くれとは言えど社会人で。頭が混乱する。
ふと、腕の中に抱いたカメラの画面に写る一枚が目にはいった。
ゴールを決める彼が画面の中にいる。
一瞬を切り取ったそれは、あまりにも綺麗で。
まさかこんな事態になるなんて思ってもみなかった。
だけど、
「わ、たしも」
きっとこの感情は被写体としての、カメラマンとしての思いじゃない。
「私も、黄瀬くんが好き」
スタジオの中の彼も、コートの中の彼もとびきりフォトジェニックだった。
でも、カメラを通した世界が好きな私が初めて切り取った一瞬に入り込みたいと思ったのは、彼がレンズの向こうの人間ではなくて、同じグラウンドに立つ損沿いであればいいと思ってしまったからだ。
もう一度、カメラに視線を落とす。
ぱっと、手の中からカメラが消える。
犯人はわかっている。
「…黄瀬くん」
「せっかく両思いになったのに、カメラにばっか夢中ッスか」
カメラに夢中なんじゃなくて、その中にいる君に夢中なんだけど、ね。
つん、と口を尖らせた黄瀬くんは、それでも大切なものを扱うようにゆっくりとカメラをそばに置いた。
「名前さんが撮ってくれた写真は好き。レンズ越しに見つめられるのも大好き。だけど、今は、」
カメラを置いた時よりももっとそっと、黄瀬くんの指が頬に触れる。
「目の前のオレを見て?」
すぐそこにいる黄瀬くんをしっかりと見て、見つめあって。
それが最後になるように瞼を閉じた。
唇の柔らかな感覚は、切り取った一瞬では分からない。
地球最後の日
if地球滅亡したら
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