授業の疲れで重い体を引き摺ってマンションに辿り着くと、部屋の前に何故だか仁王がしゃがみ込んでいた。


「なにしてんの」

「このありんこ死んどるんか」


大きめな黒い蟻が扉の前でひっくり返っている。
これを見ていたのか。
ため息を1つ吐いて、仁王の頭の上で鍵を開けた。
外開きな扉が仁王の頭にめり込んだ。
ようやく開いた扉の中からはひんやりした空気が流れ出した。
コンクリート万歳。
履き吐かれた靴を放るように脱ぐと後ろでがちゃん、と鍵のしまる音がした。


「ありんこ、生きかえらんのか」

「砂糖でもやってみれば」


勝手に入ってくるなよ、とは思うだけで口には出さない。
扉の前で死んでいた蟻を手のひらに乗せていないからだ。
前にお亡くなりになったバッタで同じコトを言われた時には思わず仁王を追い出した。


「砂糖どこ」

「いつもの場所にないの」


横を通り過ぎて家主よりも先にキッチンに入った仁王が戸棚を漁る。
あぁ、そういえば前に仁王が来た時に甘党コーヒー用に使いきってしまったかもしれない。
そうだ、仁王に今度来る時には砂糖を買ってきてくれと言ったはずだ。


「砂糖、買ってきれくれなかったの」

「そんなコト言うたっけ」

「忘れたの」

「そんなコト言ったか」


諦めろ。
仁王の言葉の影にそんな意味が含まれている気がして聞くのを止めた。



諦めた。
そっちの意味もあったのか、戸棚を漁るのを止めた仁王はちゃっかりソファに腰を下ろしていた。
2人分の飲み物を持っていってやると、一口飲んで落ち着いたように息を吐いた。
テレビをつける訳でも、お喋りをする訳でもない。
2人掛けのソファにただ横並びで座るだけ。
この時間が嫌いになれない。
指先がぬくぬくしてくる感覚に襲われた。
瞼が重い。
舟を漕ぐ私に気づいたのか、仁王が残りが少ないコップを手から救出してくれた。


「眠いんか」

「仁王は眠くないの」


音が遠く聞こえる。
口を開くのにもエネルギーがいるのだと再確認。


「名前は俺んコト、好き 」

「仁王だって、私のコト好きなの 」


いつも会話はこれで終わる。
答えがいつまでの出ないのだ。
掠れる思考力の中でもう一度だけ。
仁王は私のコトが好きなの、と問いかけた。



答えが出ない僕たち






全部疑問形。


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