雅治と、別れる。

今日一日、朝からずっと喉の奥で練習してきた言葉を吐いた。
今まで何回も何回も我慢して、飲み込んできた。
だけど、限界だったんだ。

「な、んで」
「浮気、もうしないって言ったのに」
「…浮気なんてしとらん」

しっかり握っていた手をさらにきつく握り込む。
思い出したくもない。私は、仏じゃないし、神様でもない。
デートをキャンセルされて、他の子と遊びに行ってるのなんて見たくない。
楽しそうに雅治の腕にしがみつくその子の場所は、私のなのに。

辛くて、苦しくて、たまらない。

「嘘吐き…」
「ちが、違うんじゃ…」

大好き、大好きだけど、大好きだから、辛くて耐えきれない。

「別れよう」

別れてください。
今度はしっかりと頭を下げた。
言い逃げもありだと思った。
だけど、私だけこんな気持ちを抱えなきゃいけないなんて、いやだった。

始めはとっても些細なコトだった気がする。
お昼を他の子と一緒に食べてるとか。
浮気だとか思うコトもないレベルが、手を繋いだり、キスしたり。
それは彼女の、恋人の特権なのだと思っていた私には、目の前で何が起こっているのか、理解できない時間だった。

だんだんとエスカレートしていく女の子たちとの行動に、どんどん心臓が締め上げられていくような思いがした。
こんな私がオカシイのだろうか。
ぽろりと口に出した言葉に、一緒にごはんを食べていた友達が卵焼きを落としたコトを思い出す。
彼女のおかげで、私のもやもやも、みんなと近いものなのだと気づいたのだ。
ぱっ、と手首に熱を感じて顔をあげる。

息が詰まった。

「離して…」
「嫌じゃ」
「離してよ」
「離さん」
「離して!」
「絶対に離さん!」

いつから触れていなかっただろうか。
久しぶりに触れる雅治が、こんなシチュエーションだなんて思いもよらなかい。

唇を噛み締めた。
じわじわと涙腺を壊していく感覚が怖い。

ずるい、ずるいよ。
だって雅治が悪いのに。
雅治が悪いはずなのに。

私よりも苦しそうな顔をする。

「別れん。別れんよ」

私は、雅治が好きだ。
大好きだから、もう悲しみたくない。

「絶対に離してやらんし、別れてもやらん」

必死で首を横に振る。
口を開いたら、酸素をたくさん取り込んだら、今すぐに涙が出て止まらなくなる。
別れる、の意志を伝えるためだけに首を横に何度も振った。

「俺には、名前が必要なんじゃ…」

雅治に私は必要なんかじゃない。
あってもなくてもいいだけの存在だ。

「別れたりせん、絶対…」

私のものじゃない涙が教室の床に落ちるのを見た。
いや、見た気がしただけかもしれない。
前が定かじゃないくらいに、視界は歪んでいる。

「俺を、捨てないで…」

首を横に振り続けるしか、私にはどうするコトもできなかった。



手首にかかる雅治の手は、力が入っていないと言っていいほど弱々しいもので、きっと引っ張ればその中から抜け出すコトだって難しくない。
むしろ簡単なはずだ。
だけど、私には首を横に振り続けるしかできない。
この手を振りほどいたら雅治はひとりぼっちだ。
崩れ落ちて、元に戻れない。

嘘だとわかっているはずなのに、この人を一人にしておけない、と思ってしまった。
私には、雅治から離れる術がないのかもしれない。
どうしても、雅治の手を振り払うコトができなかった。





いらないものを捨てる力
(力はあっても、いらないものを捨てる勇気がない。)














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