ハイスペックとは困り者だ、と最近とてもよく思う。

「名前ちゃんはなんでもできてすごいね」

いろんな人に誉められるのは心地よい。
その反面、そんなコトはない、と卑屈になる部分が首をもたげている。
謙遜しないでー、なんて言われるけれど心の中は真っ黒で、ずどーんと重い。




高校に入って、今までできなかったコトができるようになった。
それは、自然にそうなった訳ではなくて、必死に習得したから。
なんの為かって?
人間とは時に実に単純な生き物です。

「涼太」
「ん?」

愛の為です。
大分臭いコトを言った。だけど、若干誤解が生まれそう。
ひぃひぃ言いながら、料理も、勉強も、運動も頑張ったのは、全部、

「どうしたんスか、名前」

この男のせいである。




マジバで出会った彼の中学校時代の友人、黒子くんが教えてくれた。
「彼は尊敬した人に〜っちを付けます。」と。
その瞬間、どしゃーん!と雷にでも打たれたかと思うほどの衝撃に見舞われた。
レジに並んでいたはずの涼太が急ぎ足で戻ってきて「名前の好きなヤツ、売り切れだって」と言った瞬間に私は決意した。

涼太よりもハイスペックにならなきゃ。
涼太に尊敬してもらえるような人間にならなきゃ。

涼太に「〜っち」呼びをされるようにならなきゃ、と。
それからはひたすら隠れて努力努力。
料理なんてさほどしたコトもないからか、怪我はするしうまくできないし。
でも、必死こいて練習してました、なんてカッコ悪すぎて言えなかった。
怪我した指は次の日一日ブレザーのポケットに手を突っ込んで隠し通した。
勉強も、お裁縫も、運動も。これといって特出する訳でもないが、どれもそつなくこなせるようになった。
一気にいろんなコトができるようになって、あまりの変わりっぷりに周りはすごいすごいと誉めてくれた。
だけど、涼太が私を「名前っち」と呼んでくれる日はまだ来ていない。






涼太の部活が終わるまで教室で時間を潰す。
前は携帯を弄るか、うたた寝をするか、そんな時間の潰し方をしていた。でも今は違う。
一分一秒でも惜しいくらい。小難しい本を読むようになった。
彼の友人の黒子くんは(バスケでも特別だと聞いたが)涼太がしないような読書という趣味を持っていた。
近代小説が好きだと言っていたから、ここ最近は私もそんな本をよく借りるようになった。文体は古めかしくて少し読みにくい。
古文をもっとしっかりやれば頭の中にすらすら入ってくるのだろうか。
はっと気付くと、文字を追うだけで1ページ進めてしまっていた。
慌てて前のページに戻る。
と、ぱっと目の前から本が消えた。

「よくこんな難しそうな本読めるッスね」

オレには無理そう、と涼太は眉根を寄せた。
机においてあったブックマーカーを挟まれた本を涼太の手から受け取ろうとする。
私の手に渡るはずだった本はまだ涼太の手の中。
しかも高々と掲げられてしまった。
190センチ近い身長の人物が腕を伸ばせばそりゃ、届くはずがない。
返してと精一杯手を伸ばすと必然的に体が近くなって。そのまま抱き締められてしまった。
かぁ、と熱が上がっていくのがわかる。
腕の中から脱出を試みるが筋肉質な腕に叶うはずもなく。
嬉しさと羞恥心でいっぱいいっぱいだ。
涼太が口を開いた。

「ねぇ、最近なんか変ッスよ」
「そ、んなコトないよ」
「ウソ」

全部、見透かされている気がした。
さっきまでのどきどきとは違う心臓の動き方がとても不愉快。

そうだよ、私変わったの。料理もできるようになった。勉強もできるようになった。お裁縫も、運動も。難しい本だって読めるようになった。

でも、いつまでも涼太からの尊敬はない。いつまでも私は不安でいっぱいだった。

「わ、私、涼太に尊敬されるようになろうとして…」
「尊敬?」
「涼太の彼女って、涼太に好かれるだけのなにかを持ってなくちゃいけないから…」

黒子くんも黒子っちって、火神くんだって火神っちって。涼太にそうやって呼ばれないってコトは私に魅力がないからで。
ごちゃまぜになってくる頭の中をどうやって整理したらいいか分からない。
今までこっそり頑張ってきたはずが。こんなのあまりにもカッコ悪い。
天性の才能は私にはない。努力する力だって人並み程度にしかない。
どこか誇れるところがほしかった。
涼太が好きになってくれる部分が欲しかった。
ぼろぼろ崩れていく今までの積み重ねが、ただでさえ脆い自信を奪っていく気がした。

「尊敬しなきゃ、好きじゃダメなの?」
「へ?」

ダメだ、泣く。そう思って俯いていた顔を上げる。
真剣な顔をした涼太がこちらを見ていた。
あ、と思う前に両の手で優しく顔を包まれて、嫌でも向き合う形。

「確かに尊敬してる人には〜っちって付けてる。名前がなにかで一番じゃないのだって分かってる」

ずん、と気持ちが沈んだ。
そうだ。いくら頑張ったところで私は一番になるコトはできなかった。
調理部の部長さんほどうまく料理はできないし、隣のクラスの学級委員ほど勉強もできない。ましてや、運動なんて目の前にいる彼の足元にも及ばない。
結局、一番になれるものは、誇れるものはなにもないのだ。

「けど、オレは名前が好き」

泣いてたら傍にいてくれる名前が好き。
失敗したら悔しがる名前が好き。
オレの為にカッコつけようとしてくれる名前が好き。
オレのコトを考えて必死になってくれる名前が好き。

どん底の気分で溜まった涙が一粒落ちた。
居場所をもらったような気がした。
コツン、と額同士をぶつける。涼太がニッと笑った。

「誰よりも優れてる人しか好きになれないなんてさ、そんなのって寂しいじゃん」






頑張り屋さんの空回り









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